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06 悪女の策謀(下)


「まずは慰謝料でももらいましょうか?」


「慰謝料だと?」


 アレスは壁に手を着き、ふらつきながらもなんとか立ち上がり、そう言葉を返した。


「私の可愛い取り巻きに、剣を向けたわよね? しかも手をざっくりと……あら、痛そう」


 ロベリアはリリーの斬られた手を取り、未だ血の流れ出る傷口を見つめた。痛々しい手をまじまじと見つめながら、これ見よがしに、わざとらしく心配げな表情を浮かべる。

 しかし、アレスはこれに応じる気はなかった。少なくともこの場で応じる意味はない。どうせ明日には滅びる身なのだから。

 そんなアレスにロベリアは悪魔の囁きをこぼす。


「とは言え、これだけじゃ納得いかないでしょうね。でしたらこのカツラと、婚約破棄の真相……それらのセットならどうでしょう?」


「なっ」


 それならば、買うだけの価値がある。

 ここでの出来事、全部無かったことにして、アレスはユリとの未来も買えるわけだ。

 ロベリアとダリアにはこれといった接点はない。ロベリアがどういう人物か、アレスは実際には知らないが『悪役令嬢』と言われるくらいだ。

 赤の他人のためよりも、自身の理を追求するだろう。

 よって、彼女がダリアのために真実を告げる可能性は低いと見積もった。ダリアの身の潔白の照明より、自分の財布を潤すために。彼女ならば動く。

 そうでなくとも、ロベリアの言葉には、取引には、ある程度信用がある。

 取引を成立させてしまえば、脅迫とも取られかねない行いを働いたロベリアは、安易に真相を話せなくなる。


「額はそれなりになるけれど、あなたの未来を買うと思えば、随分とお買い得ですよ」


「わ、わかった。支払う。今は無理だが」


「えぇ、勿論、今は払えると思っていませんよ」


 そう言い、一枚の紙を取りだした。

 ロベリアはそこに何かを書き込んだのち、アレスに手渡した。


「とりあえずの請求書兼契約書です」


 そこにサインすれば、とりあえずカツラはその場で返して貰える。仮にせずとも、明日この証拠品と共に暴露される。

 アレスからすればロベリアの握る証拠がカツラから契約書に変わるだけのこと。それに、怪我をさせた件まで隠せるのならば……。

 そう考えた末にペンを手に取り、自身の名を書き、ユリにも書かせた。しっかりと両名が記入された契約書を受け取ったロベリアは満足げに微笑みを溢した。


「それじゃ、証拠はそのまま置いていきますので、処分はそちらで。行きますわよ、リリー」


 リリーを従え、部屋を去る直前で、ロベリアは一度振り返り、


「それにしてもダメですよ。あんなところに、こんな重要な証拠を残すなんて。もっといい場所があったでしょうに」


「全くだ」


 そんな短い、やり取りののち、ロベリアは部屋を出ていった。

 しばし廊下を歩き、アレスのいた部屋とは距離を取ったことを確認し、呟く。


「なるほど。つまり本物の場所は彼自身、把握していないと。あるいはすぐには確認できない場所にある」


 ロベリアの持ってきた茶髪のカツラ。あれはロベリアが用意した良く似た別物だった。ロベリアは本物がどこにあるか知らず、探しさえしていない。

 しかし、それでも十分だった。


 例えばの話。ナイフで人を刺した人がいるとして。もし、その男に同型の、赤黒い液体がべっとりついたナイフを見せれば動揺するだろう。そしてその後のリアクションは、すでにナイフを破棄したか、本人がまだどこかに隠し持っているかで変わってくるだろう。


 前者であれば、酷く動揺し、おそらくはそれを取り返さんと行動を起こす。アレスの場合は前者だった。煽った甲斐もあってか、アレスはカツラを本物と錯覚し、取り返さんと剣を握った。

 もしも後者ならば、動揺はしつつも時期に冷静さを取り戻すだろう。しかし、それはそれで問題はなかった。仮にロベリアが偽物のカツラを本物の証拠として、アレスの犯行を証明するために、然るべき場所に提出したとして……しかし、アレスにはそれが偽物であると証明する術がない。

 偽の証拠を証明するために、本物の証拠を差し出す馬鹿はいない。


 つまり、犯行の手法がバレた時点で、どのみちアレスは積んでいたのだ。

 強いて言えば、カツラに動揺せず、剣を向けもせず、初めから知らぬ存ぜぬで突っぱねればまだ可能性は残されていたかもしれない。


「少なくとも、自らの筆跡で証拠を残す、なんて馬鹿な真似はせずに済んだでしょうに」


 契約書にはアレスの名とユリの名が刻まれている。

 二人の繋がりを示す証拠……ホテルの名前も押さえた。

 

「まぁ、これだけ心を折っておけば十分でしょう。あとはアイリスが真っ当になんとかするはずです」


 彼女なら、こんな余計な世話がなくともやり遂げただろう。

 彼女をよく知るからこその信頼……。

 それから、ロベリアはホテルを後にし、しばらく歩いたのちに、人影の無い路地裏に入り、リリーの頬を叩いた。

 ビシッ!という音が、静かな夜に響く。


「す、すみません」


 僅かに赤くなる頬……ロベリアはそんなリリーを苛立った様子で問い詰める。


「何を勝手な真似をしてるの?」


 リリーはかなり腕が立つ。そんなリリーを連れてきたのは、アレスがカツラを取り返さんとロベリアに襲いかかることを読んだ上でのことだった。そのことは、リリーにも事前にしっかりと告げている。

 しかし、リリーが怪我を負う事は計画にはなかった。

 ロベリアはそんな命令は出していない。ただ、守れと命じた。

 ロベリアは直様、リリーの意図を汲み取りその怪我を利用したが、あれはリリーの独断だった。


「私が怪我を負った方が、有利に話を進められると」


 リリーはあえて深い怪我を負ったことでホテルの床や彼らの衣類に血痕を残した。あの女性の服にもこっそりと血液を飛ばしつけていた。

 血痕はそう簡単に取れるものではない。

 ロベリアの策をより確実にするための一手に、しかしロベリアは不快感を露わにした。


「リリー……あなた、まさか私のことを心配してるの?」


「そ、それは……」


 堂々たる歩みでリリーを壁際に追いやり、力強く壁を叩く。


「いい? あなたは私のものなの。だから、あなたはただ、私のいうことを聞いていればいい。あなたごときが、私の心配? 身の程をわきまえなさい」


「は、はい」


 リリーは目を逸らしながら、掠れた小声で頷いた。

 良かれと思い行ったこの独断が、咎められることは、想定していなかったわけでなかった。しかし、あまりにも苛立った様子で問い詰められたことで、リリーは深く反省する。

 リリーの反省を確認したロベリアは壁から手を離し、背を向け歩き出す。


「行くわよ。まだ、これの処理が残ってるだから」


 そう言い、取り出したのはアレスが用意した指輪で、こっちは正真正銘の本物だった。リリーにダリアの近辺を探らせ、出てきた一品。

 それなりの額はしたであろう指輪を、あえてアレスに突き出さなかったのは、それがアレスを問い詰める決定的な証拠にはなり得なかったからである。犯行に使ったカツラとは異なり、指輪はすっとぼけ安い代物。それに偽物のカツラとは違い、指輪をアレスに回収される事態は避けたかった。

 むしろ、この先のことを考えるのであれば、なかったことにした方が良いと、ロベリアはそう判断したのだ。


「……はい」


 遥か先を見据えるロベリアの背中を、リリーは急足で追いかける。


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