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05 悪女の策謀(上)

 ◆


 学園のある王都のホテルの一室に、アレスは一人の女性といた。立地は良いとは言えず、そこまで豪華でもなく、しかししっかりと整備されたホテルは、ひっそりと街中に佇んでいる。

 程よい広さの部屋には、クイーンサイズのベッドがあり、そこには人影が二つある。


「やったね、アレス。これで婚約破棄もできて、お金も稼げる。一石二鳥じゃん」


 そう低い声で囁く女性は、アレスに甘えるように身を寄せていた。黒い髪を下ろす女性は、背丈だけはダリアに近いが、全体的に細身で、どちらかと言えばクールな印象を受ける。


「そうだな。全く、タイプでもないのに家同士の取り決めで。嫌だと言っているのに聞く耳を持たない。何度言っても解消してくれない」


 アレスはダリア同様、全く彼女には興味がなかった。婚約はただ家同士が決めた取り決めだった。

 しかしそれゆえ、自由に解消はできなかった。

 意中の女性がいるというのに、だ。しかもそれが平民と知ってからは、なおさら強く反対された。どれだけ頼み込もうと、受け入れられやしなかった。

 貴族の家の子供である恩恵は多い。しかし、メリットだけとはいかず、こういうデメリットも確かに存在する。

 そんなことくらい知ってはいたが、実際に体験するまで、ここまで辛く、厄介なデメリットとは思ってはいなかった。

 自らで何か、婚約破棄するだけの理由を生み出せば、それはそれでタダでは済まない。きっと意中のこの女性ともいられなくなる。


 そこで結婚の日が刻一刻と迫る中、とうとうアレスは、ダリア側に婚約を破棄するだけの理由を作ることにした。

 ついでに慰謝料をもらい、それで彼女が住まう家をこの都市に用意する。


「これでお前と、ユリと一緒に……」


 黒髪の女性……ユリへと伸ばした手が、その肌に触れる寸前で、勢いよく扉がけ開けられた。


「な、なんだ!?」


 そうして一人の、紫の髪を靡かせる女が、図々しい堂々たる歩みで入ってきた。

 

「なるほどなるほど、そういうカラクリでしたか」


 学園には二人の有名人がいる。一人は『聖女』アイリス。優しさという言葉を、擬人化したような女生徒だ。

 そしてもう一人、毒々しい紫の髪を靡かせ、派手やかな格好で取り巻きを連れ歩く『悪徳令嬢』ロベリア・アメトリア。

 アイリスが混じりっけのない優しい輝きを内に抱擁するのに対し、ロベリアはどこまでも引き摺り込まれそうな底の見えない闇を内に飼っているかのようで。一度目をつけられたら最後、彼女の悪略からは逃れられないと、そう評されている。


「お前は……ロベリア・アメトリア!」


「あら? 私の名前を知っていまして?」


 ロベリア・アメトリア。侯爵家であるアメトリア家のご令嬢。悪役令嬢の異名もあって、学園の生徒であれば彼女の名を知らぬものはいないだろう。

 厄介過ぎる人物の唐突な登場に、アレスは眉を顰める。


「人の部屋に入るなんて……いくら侯爵家の娘だからと許されるとでも?」


「ふーん、それで?」


 さっさと追い払おうと叫ぶアレスに対し、ロベリアは平然とした態度でそう尋ねた。


「それでだと?」


「えぇ、あなたが許さなければなんなの?」


「そんなの、お前を訴え……」


「この状況を、訴えると?」


 その言葉にアレスは苦い顔を浮かべる。昨日、ダリアを浮気者と言い、婚約破棄を言い出した身で、自分は別の女性とお楽しみだった。

 当然、あまり良い印象にはならないだろう。


「恋は盲目、とはよく言いますが、本当にそのようで。あなたの立てた策略は中々面白いものでしたが、少々爪が甘くはなくて?」


 返す言葉もなかった。アレスは、ユリと会いたいを言う欲望を抑え切れなかった。面倒な婚約から解放された瞬間、堪えていた思いが弾けてしまった。

 ロベリアの発言は、悔しくも的を射ている。

 しかし、まだ狼狽える場面じゃあないと、アレスは冷静に思考を巡らせる。

 何せ、先に向こうが浮気し、アレスは婚約を破棄する旨を常に伝えてある。時系列に若干の厳しさは残るが、ダリアの件で有耶無耶にすることは不可能じゃない。

 何よりも、目の前の……『悪役令嬢』と名高いロベリアに、下手に弱気な姿勢を見せる方が悪手である。

 まだ戦える……と。

 そう考えることくらい、ロベリアにはお見通しだった。


 背後に控えさせていた灰色の髪をした女が懐から茶髪のカツラを取り出し、床に放り投げた。

 見覚えのあるカツラに、アレスの心臓が跳ね上がる。


「そ、そんな……何故」


 ロベリアは動揺するアレスとユリの様子を、鋭い眼でじーっと観察した後、ニヤリと不遜な笑みを浮かべた。


「ここまで状況証拠が揃っていて、反論をするつもりとは。それは些か無理がなくって」


「くっ、この悪女が!」


 アレスが婚約を破棄するためにダリアを嵌め、自分はのうのうと浮気をしていた。

 アレスとダリアの間には愛どころが、深い関係さえなかったが、それでも大問題だ。アレスが先手を打った今、ただ浮気がバレる以上に問題だろう。

 そうなると平民であるユリがどんな目に遭うかもわからない。ただ共犯で投獄されるならマシで、酷ければアレスの代わりに彼女が主犯格にされる。アレスを唆した悪女として祭り上げられかねない。

 このままでは、立場も彼女も、何もかもを失う。

 チラリと視線をユリに向けると、酷く怯えているのが見えた。


「悪女? 浮気の冤罪をかけた上に、自分は浮気をするような人には言われてくないですわね」


「っ……」


「随分と怖い顔で睨んでいますけど。勘違いなされては困りますが、そこの彼女を不幸のどん底へと、地獄に突き落としたのは、他でもないあなたですよ? 睨むなら、自分を、でしてよ。そうだ! ちょうど良い手鏡がありますけど、必要でしたら」


 鬱陶しい煽り文句は、しかし、反論出来ない程に的をいたものだった。これからユリが地獄へと落ちるのは、アレスのせいだ。アレスが婚約している身でありなあがら、ユリとの関係を持ってしまった。

 アレスに責任があるのは、否定できない。

 だから、その責任を取ろうと、アレスの中にあるユリを守らんとする感情を…。ロベリアは意図して煽っていた。

 結果、アレスはまんまと護身用の短剣を手に取ってしまう。


「あら? なんのつもりでして?」


「そのカツラを渡せ!」


 ここでロベリアと取り巻きの灰色髪の女を取り押さえ、ロベリアらが握る唯一の物的証拠であるカツラを奪う。

 多少、彼女らが傷を負っても、先に不法侵入を働いたの二人で。その二人を追い返すために剣を手に取ったと言い分はある。

 今は何より、あの証拠の滅却が最優先。

 相手は女二人……剣の心得があるアレスが負けるはずがない……そうたかを括っていた。

 そんなアレスの行動に、ロベリアは嘲笑する。


「本当に、わかりやすいこと」


 アレスが振るった抜き身の剣が真っ先に捉えるはロベリア。

 しかし、ロベリアを守るため、灰色髪の女がその前に立ち塞がった。

 どっちみち、証拠を奪う上で抑えなくてはならない相手だ。だから、順序が逆になっただけ。

 そう思い振るわれた短剣を、彼女は素手で軌道をずらし、致命傷を避けた。わずかな時間とは言え刃に触れた右手から、赤黒い液体がポタポタとこぼれ落ちる。

 重症ではないものの、その傷は決して浅くはない。


 素手で軌道をずらされたことに動揺しつつも、アレスは次の攻撃に写ろうとし、剣を切り返したその瞬間……すでに眼前に灰色髪の女の蹴りが迫っていた。

 結局、蹴りは回避仕切れず、もろに右顎に打ち込まれてしまう。


「がはっ!?」


 そのまま、目眩に苛まれるアレスの手元を蹴り上げ、緩んだ手から剣を手放させた。


「流石はリリー」


 逃げるでもなく、まるでこうなることがわかって板かのように余裕な態度で、パチパチと呑気に拍手をするロベリア。


「ロベリア様……どうしますか?」


 灰色髪の女性……リリーは地面に転がる剣を蹴り、アレスの手元から遠い場所へと追いやる。短剣を手に取ってなお、敵わなかったアレスにはもう、なす術がない。

 それを確信したロベリアはニヤリと不気味な笑みを見せた。


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