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01 悲劇は始まり

短編にするか悩みましたが、この章だけでも二万字は行きそうなので、とりあえず連載に……。


 今でも時折、幼き日に見た紅い瞳が夢に出る。

 目の前には膝から崩れ落ち、子供のように泣きじゃくる十代後半の女性がいた。

 黒いロングヘアの彼女は、幼き日の私にとって、かけがえの無い大切な人だった。

 彼女と私の間に血縁関係はないけど、優しくて、明るくて、温かくて、ちょっと抜けているところも含めて、全ぶ全ぶ大好きで。

 本当の姉のような存在だった。

 

 私はあんなに泣く彼女をみたことがなかった。

 生まれてこの方、こんなにも胸が痛んだことはなかった。


 崩れ泣く彼女の前には、そんな様を心無い紅い瞳で見下す黒髪の男がいた。その瞳は酷く冷め切っており、遠目に見ているだけだと言うのに、身も心も凍てついてしまいそうな……本能に響く、とても恐ろしい瞳だった。

 未だ、その光景を思い出すだけで微かに冷たい空気が走る気さえするほどに、強烈な瞳だった。


 そしてもう二人。

 そこには、一連の様子をドアの隙間から覗き見ていた二人の少女がいた。

 心優しく、大好きだった彼女の純情を、恋心を、ぐしゃぐしゃに踏み躙られてもなお、一歩も動けない、そんな情けない私と、同じく蒼白の表情で立ち尽くす友人。

 この光景を前に、隣の友人が何を考え、何を思ったのかは分からない。

 それでもその繋いだ手からは恐怖と悔しさが確かに伝わってきた。

 それは私も一緒だった。


 しかし、結局私は何もできなかった。

 ただただ、その様を眺めることしかできなかった。


 だって仕方がないでしょう?

 彼女の心を煽るだけ煽っておきながら、やっぱり不要と捨てた男は……真っ白で綺麗な肌に黒い短髪のこの男は、この国の第二王子。


 私も友人も侯爵家の娘とは言え、立場は向こうが圧倒的に格上。

 幼い日々の無知で無力な私にはなおさら、どうしようもない状況だった。


 その日以降、彼女はほとんど部屋を出なくなった。

 日に日に枯れてゆくように、その手足が、全身が痩せ細っていき、その美しかった瞳からは色が消え褪せてしまっていた。

 あの日、彼女の温もりは、あの男の冷気に奪われたのだ。

 そんな彼女の酷い有り様を見て、きっと彼女は生きながらに死んだのだと、幼いながらに悟った。


 だから、無力な私をひたすらに呪い、そして、誓った。


「常に慈悲の心を胸に、優しさで人々を守る温かい存在であろう」

「どんな手段を使ってでも大切な人を守れる強い存在であろう」


 私と友人、二人の目指す道が分たれた瞬間だった。


 ◇


「お前、浮気してるだろ?」


「ふえ?」


 立派なアホ毛を立てた茶髪の女性、ダリアは目の前の金髪の男……アレスの言葉を聞き、お手本のような間抜けな声を漏らした。

 アレスはダリアの婚約者であり、伯爵家の長男だ。

 ストレートな金髪にキリッとした青い瞳……顔つきも良く、高いコミュニュケーション力を兼ね備えた彼は、特に女子の同級生からの人気は高かった。

 放課後、そんな彼に大事な用があると呼び出され、出向いた先で突きつけられた唐突な台詞は、一切の心当たりのないものだった。


「うわき?」


「そうだ。カイルという男と浮気してるだろ」


「カイル? カイル……」


 その名を何度か声に出しながら、記憶の中を遡り探った。

 そして記憶の端っこで、辛うじて残留するその生徒を思い出す。

 カイルはダリアと同じクラスの男子生徒で、数回ほど話したことがある程度の相手だ。知人未満、顔見知り以上。彼の名前を聞き、よくその顔を思い浮かべられたなと、そう自らの記憶力を褒め称えるような……そのレベルの間柄でしかない。

 ダリアはそんな、知人とさえ言えない関係値であるカイルとの浮気を疑われてると言われ、直様否定の言葉を返す。


「彼と浮気なんてしてませんよ? そもそも、そんな接点ないですし」


 カイルは平民の出だが成績が非常に優秀で、ただでさえ難しい一般の入試をトップクラスの点数で突破し、入学した生徒だ。

 学園入学後も勉学に励み、常に上位の成績を保ち続けている。

 

 一方、ダリアは伯爵家の生まれで、一般の入試は無しに入学している上、ぶっちゃけ成績はあまり良くない部類の人間である。

 加えて明るく活発なダリアと違い、カイルは大人しめで、時間があれば本を片手に己が世界に浸っているような人物だ。生い立ちや立場、性格まで、何から何まで違う二人には、本当に接点がなかった。

 せいぜい同じクラスメイトとして数回、言葉を交わした程度。

 しかし、


「嘘をつくな。お前とカイルが浮気してるのを見たって証言は上がってるんだ。それに、カイル自身も認めている」


「……ふえ!?」


 理解に時間がかかるほどに意味不明なアレスの発言に、再び、より大きな声量で間抜けな声が飛び出た。


「そ、そんなわけないです!」


 一切の心当たりがないダリアは大声で否定する。


「なら二日前の夜……お前はどこで何をしていた?」


「えーと……それは」


 ダリアは己が記憶を遡ってゆく。

 昨日は巷で話題のパウンドケーキを食べて、それから就寝の準備を一通り終えたのち、勉強を始めるも十分も経たずに就寝。結果、テストの結果が散々だったことを思い出す。

 そしてその前日……つまり問題の二日前は、ダイエットの誓いを立て、寮で大人しく引きこもっていたことを思い出した。

 空腹を紛らわすために、早めに就寝したことを。


「二日前なら、家で寝てたけど」


「ほらな、やっぱり」


「やっぱり?」


 やっぱり、に続く言葉が一切想像つかないダリアは、ポカンとした表情で首を傾げた。


「クラスメイトの多くが、お前とカイルが夜の街に消えていくのを見ている。それも一人や二人じゃない」


「そんなはずは……」


 そう言いかけて、ダリアは思い出した。

 昨日の朝、やけにクラスメイトが冷ややかな視線をダリアへと向けていたことに。特にクラスの女子数名は明らかにダリアを見て、何やらコソコソと話をしていた。

 その際「ねぇ、やっぱり」「うん、多分そうだよ」とか、「あの特徴的なアホ毛……間違いない!」などとと言う言葉が拾えた。

 それだけじゃない。昨日はダリアの親しい友人……ジニアにも「昨日の夜、どこで何をしていたの?」と、今のアレスに聞かれたようなことを、真剣な面持ちで尋ねられた。

 だから今と全く同じように「家で寝てた」答えると、彼女は何かを諦め、同時に悟ったような表情をし、何も言わずに立ち去った。

 それ以降、ジニアはダリアとは妙に距離を開け、今日まで一度も話しかけてはこなかった。理由を聞こうにも逃げるように避けられるため、結局まだその理由は聞けていない。


 当然、ダリアはそれらが今のアレスの話と繋がるとは、思っていなかった。


 一体、何が起こっているのか……ポカンとした間抜けな表情のまま、これまでの出来事を回想するダリアの前に、アレスはすっと一枚の紙を差し出した。

 そこにはダリアにとっては読むのが面倒くさくなるほどの長文と、結構な桁数の数字が記されていた。

 ダリアは読むより先に、アレスに問いかける。


「これは?」


「簡潔に言えば、慰謝料の請求書だ。とりあえず、このくらいの額にはなるだろうって見積もりになる」


 だからすぐに払えるよう、用意しておけと。

 また、すでに両家の親に、浮気について通達する書簡を送っている旨も話した。


「い、慰謝料!? しかも伝えたって……私、浮気してないのに!?」


 未だ困惑の渦中にいるダリアを威圧するように、アレスは勢いよく拳をテーブルへと叩きつけた。

 いきなりのことに、ダリアは肩をびくりと震わせる。


「見苦しいぞ。証拠は上がっているんだ! クラスメイトの数名がお前とカイルの浮気を目撃してる。お前の友人もだ! それにカイル本人も、問い詰めたら白状したよ。お前と浮気したって。それに、ホテルのフロントに残された筆跡……あれもお前のと一致した」


「そ、そんな」


 訳がわからなかった。

 ダリアには一切の心当たりがないのに、しっかりと証拠だけは揃っていて。

 しかも証言者の中には、そのカイルというほぼほぼ接点のない男と、絶対に裏切るはずがないと、そう信頼する友人の名まである。

 どうしようかと、軽くパニックになっている間にアレスは席を立ち、


「慰謝料、用意しとけよ。勿論、お前とはこれまでだ。婚約も破棄させてもらう」


「ちょ、ちょっと!」


 ダリアは立ち上がり待ってと手を伸ばすも、アレスはさっさと去ってしまった。

 別に婚約破棄についてはどうでも良かった。元より、親同士が決めた婚約だ。それが真っ当に解消されたのであれば、異論は何一つないどころか、喜ばしいまでもある。

 問題は浮気という冤罪とこの慰謝料……両親になんと言われるか、想像もしたくなかった。


 どうしよう……。

 否定するにも材料がない。そもそも何を否定すればいい?

 何故、カイルという男は浮気の偽の証言をした?

 ダリアにとって、それらはあまりにも難題過ぎた。


 そんな困惑する脳内に、突如、一筋の光が差した。


「そうだ」


 この国立アウロラ学園には数々の生徒の悩みを解決に導いてきた『聖女』と呼ばれる女生徒が存在する。

 正義感と溢れんばかりの優しさで体組織が構成されたような、聡明なお方であると、学園の内外でも有名な侯爵家のご令嬢が、聖女が在籍している。

 今回の一件、ダリアは潔白の身だ。そうであれば、きっと聖女が救いの手を、知恵を授けてくれるのではないかと。

 そう信じ、ダリアはテーブルに残された紙を手に取り、駆け出した。


次は21時に投稿予定です。

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