目指せるのか? パイオツ!
HPが言ったオールコート・マンツーマン・ディフェンスというのは、言葉そのままオールコートでプレッシャーをかけるディフェンスで、とにかく体力がないと出来ないディフェンスであり、超しんどいディフェンス戦術。
追いつく為に最後の数分間だけ使うのが定石で、最初から使うなんて聞いた事もないし見た事もない、馬鹿しかやらない事だった。
「ちょ、ちょっと待てって」
「手塚部長どうした?」
「マジで言ってんの? 最初から最後まで?」
「そうじゃん」
「絶対無理だって……」
「よく聞いてくれ。今から超絶テクニックとか身長とか伸ばせないけど、体力なら絶対に付く。だからこそやるべきじゃん。それにこんな戦術、他の中学では絶対にしない」
する訳がない。HP自らがこの戦術を提案するのか? 一番体力がないにもかかわらず。
「手塚部長。俺は、HPの言っている事に乗ってやってもいいぜ! そのギャンブル性に特化した戦術を使うのは、俺の魂に火を付けるぜ」
「斎藤プロ……1つ聞いてもいいか? HPをそこまで突き動かすのは何だ?」
「馬鹿か! そんな事1つしかないじゃん! おっぱいだよおっぱい! いいか良く聞け。西野めぐみは、きっと将来日本代表で活躍する選手になる器じゃん。いや、きっとなる。そうなった時にテレビに出たら人気出るだろうよ。ファッション雑誌とかにも出るかも知れない。引退後はタレントとして活躍するかも知れない。そしてイケメン芸能人とか金持ちと結婚するだろうよ……でもだぜ? その時に、そんなイケメン芸能人よりも先に生おっぱい見たのは俺達なんだぜ? って思える将来あると思うと、興奮するだろ?」
下品で卑猥な顔を浮かべたHP。
やはり生粋のスケベ大王だなこいつ!
「僕もやりたい。挑戦したい。3年最後なんだし頑張りたい……」
「私も別に構いませんよ?」
ダンカンと篠山先生まで……そうだよな、やっぱ見たいよな!
「後は、手塚部長だけじゃん?」
「分かったよ」
両手を机に付いて立ちあがる。
「誰かが言ってたな。『負けた事があるというのがいつか大きな財産になる』と。『見た事がるという事がいつか大きな財産』になるよきっと。皆でパイオツ見ようぜ! やってやろうぜ!」
皆で円陣を組んだ。
「「「「「OPI! OPI! おれたちーのOPI!」」」」」
「「「「「OPI! OPI! 夢と希望のOPI!」」」」」
「しゃあー!」
「そこで皆に、1つ提案があるじゃん」
HPは、皆の前に段ボールを出した。
「明日までに時間を無駄にする物、全部詰め込んでこない? 部活終わるまでの間、西野先生に預かってもらおうじゃん」
「超本気って事だよな。全部詰め込んでくるよ。スマフォ、ゲーム、雑誌、漫画の全部」
俺は段ボールを受け取った。
「部長が言うなら仕方ありませんね~」
「ゲッ! マジかよ。チッ仕方ねぇーな」
「ぼ、僕もやるよ……」
「決まりだな! 明日から本格的に練習するから覚悟してくれよ。俺はちょっと二日間徹夜したから眠たくて仕方ない。だから今日は帰る! 寝る!」
覚悟の決まった俺達は、解散した。
家に帰った俺は、HPの作った資料を読んでみた。教室で話していた内容がもっと詳しく書かれていたが、それだけじゃない。
日本とアメリカの文化の違いまで書かれていた。日本の大会は、一発トーナメント方式だが、アメリカは違う。アメリカにもトーナメントはあるが、3戦もしくは5戦し、先に2勝ないし3勝したら勝ちあがるという文化であり、それが戦術面に影響しているなど、国の違いまで詳細に書かれていた。
さらに、全ての内容に対してURLが書かれていた。URLを入力すると、英語で書かれた動画サイトに飛び、コーチのような人が生徒に対して教えている動画を観る事が出来た。百ページ近くある分量、全てに対してURLが書かれていた。
――すげぇ。元からHPの情報収集能力と分析能力は凄いものがあると感じてはいたが、まさかここまで凄いとは思わなかった。この能力をちゃんとした方向に使ったら、世界平和に一歩近付くのではないかと俺は思った。
最後は、このように締められていた。
『絶対見ようぜパイオツ』
HPの本気が伝わり、これを見ると俺達もやれる気がしてくる。
「よし!」
読み終えた俺は立ちあがり、段ボールに荷物を詰めていく。漫画、雑誌、秘蔵のDVD。
「傑? 何してるの?」
「片付けだよ
「ゲームやめちゃうの」
「ん〜。うん」
「あら、そう」
リビングにあったゲームも段ボールに詰めた。
――次の日の放課後。
「西野先生」
「手塚どうした?」
「これ、最後の大会が終わるまで、預かってもらえませんか?」
「なんだ、この段ボール……」
「ある意味、俺達の青春です。俺達本気で目指す事にしたんです」
「そ、そうか……分かったよ。仕方無い」
苦い顔をしながら段ボールを受け取ってもらえた。
HPが考えたメニューを、今日から始める。始めたのはいいのだが……。
キツイ。しんどい。止めたい。走りたくない。
「はぁ。はぁ。はぁ。はぁ。」
「ラ、ラ、ラスト」
グラウンドのトラックをダッシュした。今までやってきた適当なものではない。心臓が口から飛び出るのかと思う程、追い込んだ走り込みだった。
終わった瞬間、全員がその場に倒れ込んだ。
死んじゃう。死んじゃう。死んじゃう。
声を出す事さえ、立ちあがる事さえ出来なかった。
「た、た、立ち上がれたら帰ろうぜ……」
俺は振り絞って声を発した。しばらくしてやっと呼吸が落ち着いてきた。起き上がると、HPがまだ横なって死にそうな顔をしていた。
「肩貸そうか?」
「頼む、じゃん……」
HPを起き上がらせると、部室へと向かった。いつもならふざけた声が聞こえる部室だが、全員が一言も喋らずに黙々と着替える。声を発する事すらキツイ。
着替え終わると、聞き取れないほど小さな声で挨拶を交わし、下校した。
「ただいま」
「傑。ご飯出来てるわよ」
「分かった」
家に帰り、リビングに行くといい匂いはするのだけれど、食欲が湧かない。
「ごちそう様。私二階に上がるから!」
「まだ残ってるわよ」
「いらなーい」
妹の佳奈はその場を後にしていく。最近はずっとそうだ。俺と会うとすぐに自分の部屋に行ってしまう。心底嫌われてるようだ。
俺はテーブルについたが、どうも手が伸びない。口におかずを運んでみる。美味しいとは感じるのに飲み込む気力が湧かない……。
HPの資料に、こんな事が書いてあった。キツイ練習を始めた直後は、食欲が湧かないし、食事をする事自体がキツイと感じるかも知れないが、食べないとむしろ体力が落ちていく。だから必ずご飯は、3杯食べる事。食事も練習だと思え!
――こういう事か。
風邪のせいで高熱があって、気持ち悪くて食べられない訳じゃない。疲れ過ぎると喉が通らないって事があるのか。初めての感覚だった。
「どうしたの? 食べないの?」
「いや、うん。頑張るよ」
「頑張る?」
俺は吐かないように気をつけながら胃の中へと食べ物を押し込んでいく。どうにか食べ終える事が出来た俺は、倒れこむようにベッドに横になった。
チラッと見えた時計の針は、8時30分を指し示していた。
まだそんな時間なのか……。
そんな事を思っていると瞼が重くなり、いつの間にか眠っていた。
「面白かった!」
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