夢の続き
「ただいまー」
「おかえり傑。ご飯出来てるわよ」
「うん食べるよ。ありがとう母さん」
「いただきます」
「そういえば傑、今日大会だったのでしょう。どうだったの?」
「うん……優勝したよ」
「えっ? 優勝? 優勝って言った?」
「うん優勝したよ。今度は県大会に出る事になったよ」
「あなたが? 県大会に出るって?」
「引退はまだ先になりそうだよ」
「そう……」
母さんは喜んでくれているのか、そうではないのか分からなかった。
それでも俺は……俺達の為にこれからも勝ち続けないといけない。『生おっぱい』を見るまで負ける訳にはいかない。
★
「荷物を積んだか? 忘れ物はないな?」
「はい大丈夫です西野先生」
「よーし。じゃあ行くぞ」
バスに乗り込んで席に座る。バスには俺達だけではなく、女子バスケ部も一緒だった。県大会が行われる会場へとこれから向かう。
まさかこんな日が来ようとは想像もしなかった。
「ねえ、手塚部長……バスの中ってこんな静かなの?」
隣にいるダンカンが小声で俺に話しかけてきた。遠足に行く訳でないのは分かっているが、あまりにもシーンとした空間に耐えられなくなってきたのだろう。俺自身もこの空気のまま会場へ向かうのかと思うと疲れると思っていた。
「斎藤プロ、トランプしない? 暇だし」
「いいよ! せっかくだし大富豪といこうか?」
「いいですねぇ。私もやりますよ?」
「僕もやる」
「いいじゃん」
バスの一番後ろの席で横一列に座りながら、大富豪を始めた。
「5スキップ」
「10捨て」
「イレブンバック」
「8切りします。それで革命です」
「げっ! 篠山先生やるねぇ。だけど革命返し! 上がり」
「おいおい。斎藤プロまた大富豪かよ……ずっとじゃん」
「こういうゲームで俺は手加減しないから」
「7を3枚じゃん。7渡しで手塚部長にあげる」
「マジかよ……俺さっきから大貧民じゃん」
「まあまあ。部長だから落ち着いてよ」
「いや、全く意味が分からないってダンカン!」
「ちょっと!! さっきからうるさいんだけど男子!!」
郡司が立ちあがって振り返り、後ろに座っている俺達に向かって怒った。俺達は全員、目が点になった。
「郡ちゃん達さっきから硬いって! まだ会場にも着いてないのにこんな雰囲気で持つの? まだ適当でいいじゃん! 後輩達ちゃんだって息苦しいって思ってるじゃんきっと」
「あなた達は、緊張感が無さ過ぎるのよ」
「郡司も落ち着きなよ……あれ? もしかして郡司緊張してるの?」
「何言ってるのよ。いつも通りよ」
「皆も一緒にやる? トランプまだあるよ?」
「やらないわよ!」
「郡ちゃん。せっかく美人なのに、そんなに怒ったら台無しだよ?」
「うっさい!」
今のやりとりで、少しだけバスの空気が緩んだ。郡司はため息をついて席に座った。強がってはいたが、どうにも緊張しているように見えた。
それもそうか。俺達とは重圧が全く違う。
2台は生徒用。もう1台は親専用のバスが用意されていた。女子バスケ部の親達も一緒に付いて来ていた。
勿論勝つ事前提で応援しにくる。負ける事なんて許されない。そんなチームのキャプテンであり部長の郡司が、プレッシャーを感じない訳がなかった。
そのプレッシャーが俺達にも伝わっていたからこそ、紛らわしたかったのかもしれない。
「着いたぞ! 荷物を持ったらすぐに会場に入れ。荷物を置いたらすぐに試合だから準備しろ」
「「「「「はい」」」」
「男子は郡司達に付いていけ。何かあれば郡司に聞け」
「「「「「はい」」」」」
橘先生の指示に従って俺達は郡司達に付いて行く。バスを降りて見たのは大きな体育館の会場とその中から聞こえてくる応援だった。
初めて来た会場に胸が高鳴った。
「めぐみちゃーーん! 会いたかったよぉ! あいしてる!」
めぐみの背中から抱きしめる知らない男が現れた。外国人なのか? 金髪の毛をなびかせ、青い瞳をしていた。めぐみに抱きついたいけ好かない男を見た瞬間、郡司が男の顔面に向かって右ストレートをかました。その男は右ストレートを軽々と避けた。
「おっとっと。これはこれは郡司キャプテン麗しゅう」
「毎回毎回メグに絡んで。いい加減ぶっ飛ばすわよ」
「おっとそれは恐い恐い」
「おいカレンその辺で止めておけ」
後ろの方から、髪型は違うが同じ顔をした男が現れた。
「アレン。めぐみだよホラ! 久しぶりなんだから挨拶位いいだろ?」
「勝手に動くなって言ってんだよ。俺達だってこれから試合があるんだぞ?」
「イテテテ。またねーめぐみちゃーん!」
カレンと呼ばれた男は、もう一人の男によって耳を引っ張られながら去って行った。
「郡司さん。今の男誰だよ!!」
「東中のカレン・アレンって双子の兄弟だよ。2年の時にカレンがメグに一目惚れしたらしい。それ以来、いちいち会ったら絡んでくるんだよ」
「へぇ~。うぜぇ奴だな!」
「あれ? 東中だって?」
「ダンカンどうした?」
「見てよホラ! 反対のブロックのシード校だよ。僕等と当たるかもね」
「あんな奴らがシード校だって?」
「一応言っておくけど、去年の県大会2位よ東中は。そしてその時からあの双子はレギュラーとして出ている。今年はあの二人が中心としてチームがまとまっている」
「へぇ〜。もし対戦したら俺らがぶっ潰すよ」
斎藤プロがやけに突っかかった。髪の毛で表情を見る事が出来ないが、声から気合いが入っているのが分かった。
「ユミ早く会場に入ろう」
「そうね……」
会場の中に入った俺は、その熱気に圧倒された。2階へ上がると、2階のあらゆる場所でアップしている人達の緊張感、いま試合をしている中学校を応援する熱量。最後の大会だからなのか、それとも元々こうなのかは分からないが、こんな雰囲気の中で戦わなきゃいけないのかと思った。
西野先生が黒田中との練習試合で言っていた事は、この事かと感じていた。
会場に来て荷物を置いただけなのに、ずっしりと疲労感があった。
「手塚。今から試合でしょ?」
「えっ? うん、そうだよ」
「簡単に負けるなよ?」
「それって……もしかして激励してくれてるの?」
「別にそんなつもりじゃないわよ」
「ユミは素直じゃないからね! ここまで来たのなら一緒に決勝リーグ行こうね手塚君」
「うん。元々そのつもりだし」
めぐみがバッシュの紐を結びながらニコッと俺にほほ笑んだ。
試合はすぐそこに迫っていた。目の前で行われている試合が終われば俺達の番で、ゆっくりしている暇などなかった。
急いで準備をして1階のコートへと向かい、試合が終わるのを待った。
――ビィーー。
試合が終わった合図を聞いてすぐに動き出し、アップを始めた。
気持ちがまだ試合に集中しきれず、どこがフワフワしているのが自分でも分かった。
このままでは駄目だと分かっていても、どうしたらいいのか分からなかった。
「集合しろ!!」
応援のせいで周りがガヤガヤしているのにかかわらず、西野先生の声ははっきりと聞こえた。
「まだ時間はあるが、座れ!」
少ししか動いていないのに、俺も含めて皆が肩で息をしていた。
「完全に会場に飲み込まれておるなお前達。どこか地に足が付いてない感じがしとるだろ?」
「はい……」
竹じいの言葉に頷いた。
「こればっかりは慣れるしかない。だから1ピリで慣れてこい! 相手も地区予選を勝ち上がって来た相手だ。決して弱くない、最後の最後まで舐めるなよ?」
「「「「「はい!」」」」」
「私が言う事は特にない。思いっきり暴れてこい」
「「「「「はい!」」」」」
「それじゃあ俺から話す事があるじゃん! 今日の相手の草津中だが――」
HPが相手の特徴などを教えてくれ、どう守ればいいのか。気を付けた方が良い事など、細かい事を説明してくれた。
そして、本日のエースをトランプで決めた。この試合はダンカンになった。
――ビィーー。
「行って来い!」
竹じいに背中を押された。
円陣を組んだ俺達は、集中する。
「ここまで来たんだ。1回戦でこける訳にはいかないよな! よっしゃ行こうぜ」
「あかにしーー!!」
「「「「「OPI!!」」」」」
「これより赤西中と草津中の試合を開始します。礼!」
「「「「「おねしゃーす!」」」」」
――ティップオフ。
ダンカンはティップオフで負けて相手ボールから始まった。早いパス回しでゴールに走っている味方にパスされた。
レイアップシュートにいかれて、先制点を取られる寸前。後ろから飛んでった篠山先生がボールに触れてシュートが外れた。
「ナイス! 篠山先生!」
こぼれ球を拾ったHPが斎藤プロにパスし、そのボールが俺へと回ってきた。逆サイドのコーナーに構えたダンカンへ大きくパスを投げた。
パスを受け取ったダンカンが3ポイントを放ち、入れた。
相手はビックマン、つまりは身長が高いセンターであるダンカンが3ポイントを打つとは思わなかったのだろう。ほぼノーマークで打つ事が出来た。ダンカンと篠山先生をメインで攻める方がいいのかもしれない。
「ディフェンスー!」
前から当たって、リズムを作っていく。ダンカンが最初に決めてくれたおかげで気が楽になり、試合に集中する事が出来た。
草津中は決して弱いチームではない。しかしそれでも赤西中の女子バスケ部、郡司達の方が強いと感じた。
最初の1ピリオドは接戦だったが、徐々に慣れてきた俺達はエンジンがかかり、3ピリオドが終わる頃には20点差が付いていた。
4ピリオドになって草津中もかなり粘ってきたが、16点差をつけて快勝した。
勝つには勝ったが、問題なのは午後からの試合。相手はシード校の大田中学校。
この試合は俺達にとって、そして『おっぱい』を見る為に臨む試合で最も重要な局面だと感じていた。
昼食を食べ終えた後、軽くアップしながら試合の時間が来るのを待った。俺達の前に郡司達の試合があったが、応援などしている余裕はなかったし、する必要もないと思った。
何故なら初戦で負ける訳がないと確信しているからだ。
自分達の事だけに集中していた。HPがタブレットを出し、相手である大田中の映像を見せてくれた。
「これが今から戦う大田中の映像じゃん」
「持ってるなら何で前から見せてくれなかったんだよ」
「それは自惚れすぎじゃん斎藤プロ。まずは目の前の敵じゃん。草津中だって弱い訳じゃなかった……たまたま俺達と相性が悪かっただけじゃん」
「それより早く観ようよ……ゆっくりしてる時間ないでしょう?」
「まさにその通りじゃん。今から解説と説明していくから良く聞けじゃん」
「大田中は超上手い人もいなければ、身長が高い人がいるって訳でもないチームじゃん。言うなら全員で守って全員で攻撃するようなチームじゃん」
「それって弱いんじゃないの?」
「弱くてシード校にならないじゃん。一つ言うならヘビみたいなチームじゃん。とにかくしつこいし、俺達と一緒でオールコートマンツーマンをしてくるじゃん」
試合の映像を観るとプレッシャーが激しく、前からガンガン当たってくるチームだった。
「面倒くさそうだね……」
「私達と限りなくプレースタイルが似ているのでは?」
「その通りじゃん篠山先生! 俺達とほぼ一緒。身長がないから3ポイントを多用しているのも似ているじゃん」
「HPが考えたスタイルですから、勿論その弱点も知っているという事。だから大田中に対しての対策があると言う事ですね?」
「いや、それは違うなー篠山先生」
「どういう事でしょうか?」
「対策なんかしない! 正面から真っ向勝負でぶっ潰そう!」
「「「「!?!?」」」」
HPらしくない発言だった。
「どうしてかって? 大田中は関東大会にすら出られてないじゃん。つまり、真っ向勝負で勝てない様じゃ、俺達のスタイルで全中なんてそもそも無理じゃん」
「なるほどな。HPの言いたい事は分かった……俺は乗っかるよ。HPが言っていた事に間違いなんてほとんどなかった。今回だってきっと間違ってない」
「確かにそうですね」
「僕だってHPの事信じてるよ」
「ハートのクイーンか。悪くないな」
「じゃあ決まったな。大田中を真っ向勝負でぶっ潰そう!」
午後になって、黄色いユニフォームを着た大田中との試合が開始された。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるのっ……!」
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