飽くなきパイオツを求めて
合宿の全てが終わり、帰る時間となった。
「お前ら。帰るぞー!」
荷物をまとめてログハウスから出た俺達は、一列に並んでお辞儀をした。
「「「「「ありがとうございました!」」」」」
「おう。こちらこそな」
「竹じいまたな!」
「優子……お前はもうちょっと教師らしくしろ」
「うっせ」
俺は一歩前に出て、竹じいを見つめた。
「どうした?」
「竹じいお願いします!」
「「「「お願いします!」」」」
「俺達のコーチになってもらえませんか? 後少しで俺達の中学バスケは終わってしまいますが、そこまで付き合ってもらえませんか?」
昨日の夜、俺が皆に意見したのは竹じいへのコーチ勧誘だった。勧誘とは言っても、俺達が一方的に言っているだけの願いのようなものだ。
しかし、竹じいがコーチとして俺達を夏の大会まで教えてくれるのであれば、心強い事は確かだったので、皆と意見が一致した。
「お前達には優子がいるだろ。顧問として」
「西野先生は、味方であって味方じゃないんです……」
「なんだそれは……優子、ちゃんとバスケ教えてないのか?」
「私は生徒の自主性を重んじるタイプなもんで」
「竹じい駄目ですか? お願いします」
「「「「お願いします」」」」
俺達はもう一度頭を下げた。
「老兵は去るまでだ、ワシの出る幕はもうない。じゃあな頑張れ」
「どうしても駄目ですか?」
「夏の大会の結果、楽しみにしとるよ」
竹じいは、そう言ってログハウスの中へと入って行った。
「帰るぞ」
「はい……」
帰っている途中、ほとんど誰も話す事はなかった。単純に疲れていたという事もあったが、竹じいに教えてもらえるものだと俺達は思っていたからだ。断れるなんて考えてもいなかった。
西野先生の帰り道の運転は、行きとは違って穏やかな運転だった。
「先生、聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「竹じいって一体どういう人なんですか?」
「私が小学校の時に、バスケを教えてくれた人だな」
「恩師的な感じですか?」
「別にそんなんじゃないよ。バスケに詳しい事は確かだな」
「そうですか……」
「お前達、本当にここでいいのか?」
「ここの交差点の方が家から近いんでいいっすよ。学校だとむしろ遠くなるんすよ」
「分かった……じゃあ気を付けて帰れよ。明日の部活は休みだからな!」
「分かりました。それじゃあ先生ありがとうございました」
ドアを閉めると、颯爽と車を飛ばしていった。俺達は大きな交差点で立ち止まると顔を見合わせた。
「手塚部長……明日はどうするの? 先生は部活を休みって言っていたけど、ストリート行く? どうする?」
「明日は完全休養にしようか。合宿の疲れと疲労は残さない方がいいと思う。明後日からまた練習を始めよう」
「分かったじゃん。それじゃあ皆、明日じゃん」
「「「じゃあなー」」」
「さようなら」
それぞれの家に向かって歩き始め、俺達の合宿が終わった。
次の日の学校は、ほとんど寝て過ごしてしまった。同じクラスのHPも、朝からずっと寝ていた。
おっぱいを見る為に頑張ると決意したあの日から、初めての完全オフだった。思い返すと、部活は休みでもストリートバスケにいつも通っていた。
久しぶりに寄り道なども何もせずに直行で家に帰る。しかし、家に帰った所で今まで皆とやっていたオンラインゲームもなければ、時間を潰す漫画もなった。
俺はボールを持つと、庭でドリブルの練習をしていた。
「ちょっと! ちょっとうっさいんだけど」
話しかけてきたのは妹の佳奈だった。
「もう家に帰ってたのか? そういえば佳奈、部活は?」
「はぁ? 部活? 入る訳ないじゃん」
「佳奈バスケ好きなんだから、バスケ部入れば良かったじゃないか」
「無理でしょ! あんな強い部活に入ってたって、3年間ベンチで終わり。それに、あんたの妹だってバレたくないから」
「3年間もあるんだから、努力したらどうにかなると思うけどな……」
「は? ずっと地区予選で負けてるバスケ部に言われたくないんだけど!」
「まあ、そりゃあそうか」
「あとちょっとで最後の大会でしょ? すぐに引退でしょ」
「1か月ちょっとだね」
「いいじゃん。引退まで全敗って記録作れば伝説じゃん」
「なんで全敗してるって知ってるんだよ」
「1年の間でも噂になってたよ。男子バスケ部は、3年間公式戦も練習試合でも勝った事がないって! 笑われてたよ。だから誰も部活に入ってないでしょ?」
「弱いのは事実だからなぁ~」
「だから1年生にも舐められるのよ」
佳奈はピシャっと閉めた。
めぐみ程の才能はないと思うけど、佳奈はひいき目なしでも赤西中のバスケ部でやっていけるだけの実力はあると思う。もし本当に、俺のせいでバスケ部に入るのをやめたのであれば、申し訳ない事をしたと再び反省した。
どこかのタイミングで謝ろうと思う。謝った所で以前のような関係性に戻る事はないだろうけど。
次の日の放課後。普段と同じように外のコートへと向かう。
――ガンッ。ガンッ。ガンッ。
工事をしているような、鈍い金属音が聞こえた。何があるのかと不審に思いつつ校舎の角を曲がると、そこには見知った姿があった。
「よう。おせぇーじゃねえか」
「あれ? 竹じいじゃん! どうして?」
「どうしてって、コーチを引き受けようと思ってな」
戸惑いと共に嬉しい気持ちがこみ上げ、俺達は顔を見合わせた。竹じいはハンマーで地面に鉄杭を地面に打ちつけていた。
「お前等の顧問が昨日、頭下げに来たんだ。あのガキ共のコーチを引き受けてくれってな」
「えっ!? 西野先生がですか!?」
俺は驚いた。西野先生が俺達の為にそのような事をしてくれるとは思わなかったからだ。
「ああ……。教え子だったあいつに、あのように頼まれたら、流石のワシでも断れん。ワシがコーチになったからには覚悟しておけよ?」
「「「「「はいっ」」」」」
「さっさとアップしてこい」
「「「「「はいっ」」」」」
アップをし終えた俺達は、竹じいもとへと集まった。
「お前達の弱点を言い出したらキリが無い。だが、その中でも克服しないといけないのがディフェンス。だからディフェンスを強化する」
コートのあちこちに鉄杭が打ち付けられ、その上部にある輪っかにはロープが通されていて、まるでクモの巣のように張り巡らされていた。
「ディフェンスする体勢を取ったままこのロープに沿って、ステップを踏んでもらう。ディフェンスする為の最低限の姿勢を身体で覚えてもらうぞ。ロープに引っ掛かったらダッシュ1本な」
竹じいが用意した変わった練習は、思っているよりも難しかった。ロープに沿ってただステップを踏んでいけばいいという訳ではなく、進む方向だけに意識を向けると、他のロープに引っ掛かったりする。
だからといって他の所を意識していると、高低がついたロープに引っ掛かる。ロープに引っ掛からずにスムーズにやる為には、全体を見渡しつつ意識すらせずに自分の身体をコントールする必要があった。
「最初はこんなもんか。それじゃあ引っ掛かった本数ダッシュしてこい」
「「「「「はい」」」」」
俺は結局、30本のダッシュをする事になった。
「走り終わったな。それじゃあ次は二人組を組め。手塚はワシとだ」
「はい……」
「今から見本を見せるからよく見ておけよ。その場でドリブルついてみろ」
「はい」
「ドリブルしている時、していない方はこうやって手を出せ」
竹じいは、手を開いて腕を伸ばした。
「ワシがパーをしている時は、手塚はグーでワシの手にタッチしろ。ワシがグーの時はパー。分かったか?」
「はい」
次々と色々な箇所に手を出していく竹じい。俺は言われた通りにタッチする。
「ワシの手を見るな! ワシの目を見ろ。手の場所は空間視野で見ろ。目で追うな」
「はい……」
「慣れてきたら逆の手でドリブルして、逆の手で同じ事を繰り返せ。さらに慣れたら、計算問題を出せ。簡単なやつでいい。足し算引き算、掛け算割り算、その答えをちゃんと声に出すこと! いいな? 8×9=?」
「72!」
「今みたいな感じだ。いいな? 考えている時も手を出してやれ、ドリブルしている奴は目線をずらすなよ? 考えている時でも相手の目を見ろ!」
「「「「はい」」」」
「手を出して計算を出す方も、ドリブルしている相手の目をしっかり見る事。目線が逸れたり、手を追ってようなら、注意しろ。とりあえずやってみろ」
「「「「はい」」」」
竹じいが教える練習は、今までに経験した事が無い、そして見た事もないものしかなかった。
一般的に運動部が行うような練習ではなく、筋肉も使いつつ脳も同時に使わないと出来ないような練習が多かった。
走るという行為にしても、ただ走らせるのではなく全身を使わせるサーキットトレーニングを用いたりした。
練習というのはただただキツイものだと思っていたけれど、竹じいが行う練習は、吐きそうになる位キツイ練習だとしても工夫があり、技術練習などを挟む事で、俺達が飽きないようにしてくれていた。
キツイ練習は時間が長く感じるものだが、竹じいが行う練習は、何故か時間が過ぎるのが早かった。
最後の大会までの時間は少ないが、出来る限りの事を俺達はしていく。
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