act.10 中枢 (2)
もちろん学校では、こんなこと全然習わなかった。歴史の教科書には、ドームが十三基になってからのことしか載っていない。過去の記録は「大戦」によってすべて失われた、と先生は言っていた。僕らはそれを信じ込まされていた。先生たちも、本気でそう信じているんだろう――大国どうしの戦争によって、過去の世界が滅びたなんていう嘘を。しかし高田博士いわく、「大戦」は二度起きたけれども、その後人類は滅びるどころか、ますます発展したらしい。戦争のための兵器をつくる競争によって、文明がむしろ成長したという。本当だろうか? もしそれが本当なら、何か重大なことを見過ごしていたから、世界が毒塗れになったんじゃないだろうか。
真実なんてわからない。事実は確認のしようがない。何を信じたらいいのか、なんて愚問だ。何も信じなければいい。……そう言いながら、僕はいつの間にか信じ込まされてしまい、様々な思い込みに心を支配されている。
*
コーヴは、巨都の中央政府のど真ん中にあると、アガサから聞いた。政府公認の実験施設だからだ。巨都内部の情報は僕のアクセス権では読めなかったので、ちょっと非合法のアクセス方法を知っている人間でなければ、勝手に覗くことはできない。僕はアングラなものにあまり興味がなかったので、そういう方法はまったく知らない。
僕らは北部国際総合ターミナルから、新東京市へ入国した。長い長いエスカレータとエレベータで運ばれて、エアライン空港からの移動客に混じり、気圧に押し出されるようにして回転扉の外へ出る。不思議なことに、イユイさんは白杖をほとんど使わなかった。もしかして、IDC(イデック……体内埋め込み型コンピュータ)に特殊なセンサーでも付けているのかな。
ターミナルから出ると、一気に視界が開放された。
すごい。巨都って、ほんと広い。広いだけじゃなくて、ドームの天蓋には本物の空が見えている。ものすごく天井が高いから、地表付近は砂嵐なのに、頭の上はくっきりとした青空だ。砂塵は、最高でも地上二千メートルくらいまでしか届かないから、巨都の天蓋はそれよりもっと高いということになる。いったい、何千メートルあるんだろう?
思わず、お父さんの手を強く引っ張りながら叫んだ。
「お父さん、ねぇねぇ! あれって、ほんとの空だよね?」
「ああ、本物だよ。紫外線カットグラスで天蓋パネルが作られてる」
残念ながら、天蓋は三角形の柱梁で縁取られていて、そのままの空が見えるわけじゃない。でも、これだけクリアに本物の空が見られるのなら、ドームの中で十分だ。まぁ、もしも直接太陽を見たりしたら目が潰れちゃうし、直射日光にさらされれば肌が焼け焦げてしまうから、このほうが、ドームを出るよりもずっと安全。人間は、もう、どうやったって、ドームの外では生きられないんだ。
「ミカ、あれが全世界の中枢だ」
お父さんが指差したのは、花のように開いたソーラーパネルの向こう側にぼうっと霞む、巨大な半球形のセントラルグローヴだった。
巨都のソーラー方式は、新北京とは断然違っていて面白い。パネルはどれも赤みがかった金色に光っていて、先が幅広の細長い形。つまり台形を逆にして、長く伸ばした感じになっている。三段か四段、多いものでは五段の円を形づくっていて、大小交じり合った数々のダンデライオンが、一面に咲き乱れているようにも見える。
その巨大な花房の下では、細い尖塔がすうっと長く伸びていて、建物はどれも新北京大学病院に匹敵する大きさだ。巨都では、年々移住者が増えていて、土地に余裕がないらしい。まあ、人類が増えるのは喜ばしいことなんじゃないかな。たぶん、一般的には。
「ねぇ、あのストローみたいなやつ、何?」
僕はお父さんの手をまた引っ張って、ビルとビルの隙間をを指差した。半透明の白っぽいチューブが、何本もうねうねと曲がりくねっている。
「モノレールの線路だよ」
「ええっ、うそ! 乗りたい!」
モノレールと聞いて、柄にもなく興奮してしまった。他のたいていの都市には、縦横無尽に走っているというモノレールだけど、新北京市には一本もない。新北京のソーラーパネル設置方式は「開閉回転式」といって、他の都市と一線を画す特殊なものだから、モノレールの立体的な線路はビル間に引くことができないのだ。そのかわりと言ってはなんだけど、エアバスやタクシーなどの料金は、他の都市より格段に安く設定されているらしい。
お父さんは首を傾げて僕を見下ろしながら、黒い睫毛の乗った瞼を半分ほど伏せた。
「モノレールは乗換えがあるから面倒だな。タクシーで行くつもりだったんだけど……イユイ、どうする?」
イユイさんは、うっすらと特徴的な微笑を頬に浮かべたまま、品のいい仕草でこくんと頷いた。
「いいじゃない、ミカが乗りたいって言うんだから。モノレールで行きましょ」
「やった!」
イユイさんの一言で決まった。僕、この人のこと、すごく好きになれるかもしれない――なんて考えてしまうのは、ちょっと現金すぎるかな。




