act.10 中枢 (1)
Act.3 中枢
絶対領域。
アブソリュート・ドメイン・エリア、即ちADEと呼ばれるその機能は、僕たち純血種の体を守るためにある。身体から十センチの距離に近づいた物体を一旦停止させ、ゆっくりと安全に近づくようにする。だけど、ほとんどの人が知らない事実を、僕は高田博士の口から聞いてしまった。
絶対領域の動作方式は、科学的に根拠のあるコンピュータの機能とは違う。これはEMIの開発のときに偶然発見された技術で、人の大脳視床下部にある「暗黒中枢」と呼ばれる箇所を、ある一定の電圧で刺激することにより、接触せずに物を動かすことができるようになるという。しかし、なぜそうなるのかはわからない。何ひとつ解明されてはいないけれど、なぜか純血種の人間だけにそれが起こるのだと博士は言った。だからキメラには付けられない、と。
それは、僕が考えていたような差別や格差などではなかった――結果としては同じことだけど、僕はずいぶん浅ましい視線で、世の中を斜めに見ていたんだと思う。
あまりにも、たくさんのことを間違えていた。当たり前の事実だと思いこんでいたことは、何ひとつ正しくなかった。零印は本当のお母さんじゃなかったし、たまに言う「アイシテルワ」という言葉も、まったくの嘘だった。零印は僕を殺そうとした。……そして、受刑者になった。
殺人および殺人未遂は、犯罪の中で最悪のものと呼ばれている。それを行った「成年の」住民は、洗脳刑に処されることになっている。その刑罰は本当に怖い。動きが、まるでキメラのように鈍く、自分ではなんの判断もできないようになってしまう。洗脳刑を受けた者は、それまでの職業を剥奪され、刑務所へ入れられ、まったく別の仕事をさせられる。それは、普通の人がやったら三日で気が狂うほど、単純な作業の連続なんだとか。このへんはアガサ情報だから、あんまり信憑性はないけれど。あれ以来、僕は零印には会っていないし、会いたいとも思わない。たとえ会ったとしても、それは「かつて零印という名の女性だった生物」に過ぎないんだ。そんなの、絶対見たくない。
純血種が優遇されているのは、少しも誇れるようなことじゃない。むしろ、僕らはドームシティの奴隷だ。有能な人間であればあるほど、大人になったら、都市に住む人類の存続のために、持てる力のすべてを捧げなくてはならない。かつて国家主席だった僕の父、九頭竜開人がそうしたように。コーヴに引っ越すことだって、アガサたちが言うような「羨ましい」ことじゃなくて、わざわざ実験台になりに行くようなものだ。
これは高田博士が僕に話したことで、どこまでが真実なのかはわからない。
かつて人類は、ドームシティを持たなかった。地上にはまだ砂漠が少なく、多くは緑地で覆われていたという。海水も毒で汚染されておらず、地上よりなお多くの生物が、海中に棲息していたらしい。約一万五千年前にアフリカ大陸で誕生したクロマニョン人と言う原始人が、少しずつ地球の全土に広がってゆき、その子孫が人間社会の繁栄を築いた。
ところが、今からおよそ千年前、地上でものすごい量の毒がばら撒かれた。どんな毒かはわからない。大勢の人が死に、あるいは奇妙な病に罹り、世界は大混乱に陥ったという。
それは、「エルドラド」と名乗る狂信的カルト集団の起こしたテロールといわれており、実際に毒を撒いた人々は、「コンキスタドレス」という名で自らを呼んだ。これは複数形で、単数形では「コンキスタドール」という。征服者という意味だとか。「エルドラド」は「黄金の人」で、これが具体的に何を意味するのかは、誰にもわからなかった。
彼らは言った、「これは裁きだ」と。何の権利があって人が人を裁くのかは知らないが、彼らはそのテロ行為を「レコンキスタ」と呼んだ。奪還という意味だ。奪われた大地を奪い返すのだ、と。誰が、誰に土地を奪われたのだろう? それはもともと、本当にその人のものだったのか? 僕には、大地は誰のものでもないように思えるのだけど。誰かが地球の所有権を主張したって、なんだか虚しいことのような気がする。
その頃、地上には大きく分けて四種類の人間がいた。肌の色で分類すると、白色、黒色、黄色、褐色の四色だ。白色以外の人種を、「有色人種」と呼んでいた。
エルドラドを名乗る人々は、なぜか白色人種を特に嫌い、コンキスタドレスは白い肌の人々をターゲットにして、テロ活動を行った。白色人種ではない人々も、多くが巻き添えをくって殺された。
この無差別テロは世界じゅう至る所に及んだが、海に囲まれた島々と、険しい山に囲まれた高山地域が、わずかながら魔の手を逃れた。こうして、世界で最初のドームシティ「新東京市」が、日本列島の中の「シコク」という島を選んで作られた。エルドラドの撒いた毒に侵蝕されてゆく世界から、生き残った人々を守るために。この記録は古代英語で書かれていたので、シコクがどういう漢字だったかは不明だ。
やがて新東京市を真似て、ドームシティが次々に建造され始めた。五十基近く作られたうち、現在はたった十三基のドームしか残されていない。そして、もはや人類には新しいドームを作るだけの余力はない。




