act.9 聖域 (2)
ワンフレーズの単純なメロディが流れた。パッフェルベルのカノンをちょっとアレンジしたやつだ。最後が、へんなところで高く上がって終わった。やだな、この曲好きなのに。
『まもなく新東京市です。お忘れ物のないようにご注意ください』
待ってましたとばかりに、お父さんは勢いよく立ち上がった。彼は両腕をあげて、頭上の棚に置いていたジュラルミンケースをシートの上に降ろした。そして、僕の黒いナップサックも。
「ありがとう」
ナップサックを受け取りながら言うと、お父さんは嬉しそうに笑った。でもやっぱり、目尻にはあんまり皺が寄らないのが不思議。
お父さんは掌を上に向けて、僕のほうに手を伸ばした。僕も、ゆっくりと指先を近づけた。二人の〈絶対領域〉が重なる。
手を繋ぐとき、僕は同じひとつのシールドに守られる。それは僕らの体を守る、聖なる領域。純血種の肉体は、守られるべき聖なる体なのだから。――僕はもう、そんな「常識」を信じてはいないけれど。
プレートの外は、どんよりと暗い砂塵に覆われている。それまでは速過ぎて見えなかったプレートの繋ぎ目が、少しずつ見えるようになってきた。途中、目の錯覚で逆行しているようになるから面白い。それが、いきなり真っ暗になった。ドームシティに入る地下トンネルへ突入したのだ。
車内の明かりで、自分の姿が窓に映っている。着慣れないジャケットを羽織ってお父さんと手を繋いでいる僕は、なんだか小生意気な子どもみたいに見える。「みたい」じゃないよな、そのまんま事実だ。
列車はゆっくりスピードを落とし、窓の外にはターミナルの景色が現れた。やがてリニアトレインは完全に停止し、油圧の抜ける音がして、車両の扉が一気に開いた。
『新東京市、新東京市に到着です』
ざわめく人々の乱気流の中、僕は父の手をしっかりと握り、「プリズムの楽園」と呼ばれる場所に踏み込んだ。リニアトレインの扉から、新東京ターミナルへ。
少し広い場所に出たところで、お父さんが上を指差した。示されるままに、ターミナルの天井を見上げた。
「うわ」
無数のプリズムグラスが設置されたドーム天井が、きらきらと七色に光り輝いていた。零印の持っていたジルコニアのネックレスを、たくさん散りばめたみたい。巨都では、消費電力を削減するために、プリズムグラスによる光増幅技術を至る所で使っているらしい。そうすれば、日中は電灯をつけずに済むからだ。しかし、まさかこれほど大規模なものだとは思わなかった。画像からは、もっと小さいものを想像していたから。
「これが、全部蓄光性グラスで出来ているんだ。夜は緑に光るから、また一味違う景色になるぞ」
「へぇ……」
僕は体内埋め込み型コンピュータ・EMIを使い、コンタクトレンズに設置されたスキャン用のカメラ機能で、動画を保存し始めた。この景色を、瑠果にも見せてあげたい。動画撮影は主目的じゃないから画質はあんまりよくないけれど、撮影用のちゃんとしたツールは、まだ何も持ってないからしょうがない。
「きれいだろ」
一緒に見上げていたお父さんが、振り返って得意げに言った。
「お父さんが設計したの?」
「いや、そうじゃないけど」
僕が笑ったので、からかわれたと気づいたらしい。彼は苦笑いしながら、僕の頭をくしゃっと撫でた。




