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プリズムの楽園  作者: 高倉麻耶
act.8
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act.8 天国 (1)

 十字架のような形をしたエアプレインの小さな影が、列車の窓に浮かんだ。レールを筒型に覆うプラスティックプレートを通して、影は大小の二つになり、少しだけ重なる。超高速で過ぎ去るプレートを透かして見える、本物の空。やっぱり、ドームシティの天蓋に投影された「空の映像」とは違う。上のほうだけうっすらと青みがかっていて、グラデーションがすごく綺麗だ。でも、新北京市で見ていたニセモノの薄い空より、もっとぼやけてしまっている。雲の姿はわかるけれど、とても遠くて、遠くて、遠くて。手の届かない、蜃気楼(まぼろし)のような景色。


「飛行機、好きなのか」


 向かいの席で、オレンジ色の光を浴びたお父さんが尋ねた。窓辺に頬杖をついた僕が、あんまり必死にエアプレインの影を目で追っていたからだろう。


「ううん、あんまり好きじゃない。でも、この影はきれいだと思う。影絵みたいで」


 僕は、窓の上を滑らかに移動するエアプレインの影の軌跡を、人差し指で追いかけた。


「そうか」


 お父さんは、リニアトレインに乗ってからこのかた、目尻に皺の寄らない不思議な笑顔を浮かべている。すごくきれいに整った笑い方をするから、一瞬、零印がよくやる対外用の笑顔みたいに見える。でも、きっと本当に嬉しいんだろうと思う。その理由は僕がここにいるから……ではなくて、これまでの仕事の重圧からやっと解放されたからだ。国家主席って、具体的には何をするのかよくわからない。よほど大変な職務なんだろう。


 この列車はいま、新北京市からまっすぐ巨都(メガロ)に向かっている。僕の父親・九頭(くず)(りゅう)開人(かいと)は、もう、僕らが住んでいたドームシティの最高権力者じゃない。そして家族ごと、新北京市から新東京市――通称〈メガロシティ〉――に籍を移し、引っ越すことになった。お父さんの新しい妻になる人が、そこで僕らを待っている。


「ねぇ、お父さん。きいてもいい?」


 僕は初めて乗るリニアトレインの、ゆったりとした青いグリーンシートに背中を預けて、お腹の上で両手を組んだ。どうでもいいけど、なんで青いのに〈グリーンシート〉っていうんだろ。


「うん?」


 彼はほんとうに優しい声で返事をする。零印はただの一度だって、こんなふうには言わなかった。


「あのね、真印って、お父さんと結婚するはずだったんだって?」


 そう訊ねると、彼の顔から一瞬だけ表情が消えた。それから、その黒い瞳は少しだけ悲しそうな色になった。お父さんの髪と眼の色は、僕以上に濃い黒さを持っている。


「……誰から聞いた? そんな話」

「真印。その様子じゃ、ほんとみたいだね」

「まあ、そうだな。間違ってはいない」


 僕は鴉みたいに首を傾げながら、おとなしく次の言葉を待っていたけれど、彼はいつまでたっても口を開きそうになかった。お父さんは悲しげに押し黙ったまま腕を組み、窓の外の、変わりばえのしない砂漠の景色だけをみつめていた。


 プレートのつなぎ目が高速で走り、動く模様をつくりだす。その向こう側には、どんどん後ろへ過ぎ去っていく、巨大な砂の山。もうしばらくすると、この景色もほとんど見えなくなってしまう。午後は気温が上がるので、プレートの外では竜巻や砂嵐がいくつも発生する。


 夜は気温がマイナス五十度にもなる、酷寒の地獄。昼は逆に六十度から八十度になる、乾いた熱砂の煉獄。しかも、かつて都市部だったところの空気は様々な毒物を含んでいて、もう人が住めるような場所じゃないらしい。そんな恐ろしい環境でも、生き延びている生物がいるというのだから驚きだ。


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