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8話 死人に口あり

 海咲は―ぽむ、と手を叩いた。


「まずった。今世紀最大のミス」


「また?最近ずっと更新してない?」


 いなりは呆れた顔をして、海咲の方へ振り返った。


 彼女たちは、朱色に塗られた庁舎の中へ入り、まるで空港のように事務的な種々のお祓いを受けた後、IDカードをゲートに通して中に入った。そして今は、大型のエレベーターに揺られて地下深くへ降りている。


 そんな中で、海咲はふと気がついた。


「私、ヤクザに顔割れてんじゃん」


 服装こそ違うものの、私は昨日このメイクでカワイイ・カチコミをしてしまった。そして私は今からヤクザに聞き込みに行こうとしている訳だが、この顔で面談をしたところで顰蹙が特売セールされるだけだ。しゃーなしだ、私は『花崎海咲』から『花崎・B(バリキャリ)・海咲』になる必要がある。具体的には。


「ちょっとメイク落としていい?」


「…は?」


 全オフすれば、私は地雷系美少女から美少女になるだけだ。そうなれば、私という存在の形而下的要素しか咀嚼できない、蒙昧な反社共の節穴は簡単に欺けるだろう。オマケに、魔術でちょいとスーツに着替えてやれば、尚更だ。


「最近習ったんだ。メイク即落ち二コマ魔術。見てて?ほら」


 ぱちん、と指を鳴らす。その刹那、海咲は街を歩けば誰もが振り向く、清楚な美少女になっていた。その勢いのまま、さっとリップだけを塗り直す。ついでに、ローツインに纏められた髪の毛をポニーテールに結い直し、最後にマゼンタが虚空から引っ張り出したスーツに着替えてしまえば。


「どうよ。来年のポカリのCMは決まっちゃったかな?カラダにピース」


 彼女の高い身長も相まって。海咲の姿は、先程とは別人に見える。メイクを変えるだけで、歌舞伎町を住処にしているアンダーグラウンドな印象から一転。正統派の美女にクラスチェンジである。


「それ違うやつ」


 馬子にも衣装、とはこの事だ。などと、いなりは失礼なことを思った。そして有無を言わせぬ花崎海咲劇場に辟易しつつ、彼女は苦笑した。


「あとどっちかといえば転職サイトっぽいよ」


「こんなカワイイ・即戦力、スカウトのスカウターが計測不能になっちゃうな」


 ね、マゼンタ―と、彼女は同意を求めようとした。魔術師としては拙い海咲から、高度なストレージ魔術をフリーライドされた魔女、マゼンタ・デエーは、至近距離での『推しの生着替え』を受け―心停止していた。


「…密室。―犯人は、この中にいる」


「いい推理だね、探偵さん。もう着くから、マゼンタを起こしてくれる?」


「OK、王子様のキスで起こしてあげる」


「いいんじゃない?また死んだら捨てていけばいいし」


 くだらないやり取りを挟みつつ。彼女たちは、地獄へと足を踏み入れる。


 プリミティブな岩肌で作られた廊下を歩いて行った、その先。海咲の傍らに、金髪の麗人が佇んでいた。エレベーター内でドタバタと着替えた海咲とは対称的に―現役の『九尾の妖狐』であるゐづないなりは、一瞬のうちに『大人の女性』へと変化して見せた。彼女は普段の姿よりも格段に落ち着いた様子となり、海咲の横で燦然たる美貌を振り撒いていた。


 その後ろ。眼鏡をかけた少女は、マゼンタである。背丈には恵まれないものの、元々実年齢以上に覇気のある彼女は、凡そ学生インターンとは思えない貫禄を湛えていた。彼女はクリップボードに資料を挟むと、かつかつとヒールの音を響かせた。


 面談の行われる、岩戸の前。制服に身を包んだ初々しい学生の姿はない。そこには、スーツと美貌で完全武装した、歴戦の『執行官』の姿があった。


 彼女たちの相手は、異世界ヤクザ。舐められれば、呑まれてしまう。しかし、今の姿の三人を、一体誰が軽んじることができるだろうか。


「失礼します」


 入室すれば、魔術妖術―彼女たちの異能全てが封じられる。これ以降は、本気の『化かし合い』である。


 よく磨かれた岩壁に、無骨な椅子が並んでいる。彼岸と此岸、青白い結界で区切られたその内外に、武装した獄卒が立っている。


「面会時間は、十五分です」


 金棒を握った青鬼が、そう告げた。彼岸の扉が開き、ヤクザたちが入ってくる。水棲エイリアンの若頭、赤鬼の組長。そして、下っ端のケンタウロス。


 彼らはじろじろと此岸の三人を睨みながら、ケンタウロスを除いて席に着く。


「揃いましたので、始めてください」


 がん、と金棒が打ち鳴らされる。青白い結界が薄く光り、音がエーテル塊を通り抜ける。


「初めまして」


 海咲は白々しくも、そう口火を切った。


「イリス入国管理局執行部から参りました。花岡ゆう子と申します。先日の強制執行につきまして、お話をお伺いさせていただきたく」


 淡々と偽名で挨拶をしつつ、彼女は大胆不敵な笑顔を浮かべた。


「始めに―どうしてウルタリアン(見えている地雷)と仕事をしようと思ったのか―お聞かせ願います?」


 自分は見えない地雷のつもりなのかな。彼女の隣で、いなりは思った。小狐は表情を崩さず、仏像のようなアルカイック・スマイルでヤクザと向き合っていた。


 地球人基準の『絶世の美女』に臆することなく。昨日の切羽詰まった表情からは一転、冷静な様子で若頭は語る。


「何故ウルタール人に仕事を持ちかけたのか、ですか。当然です、ウルタリアンは金になる。他に理由が必要でしょうか?」


 全宇宙において、地球猫が嫌いな種族は数える程だ。それ以外の種族については、凡そ地球人(ホモ・サピエンス)と同じ感性を有している。その為、ウルタリアンの出演する『アニマル・ビデオ』には莫大な利益が見込めるのだ。


「ええ、愚問でした。彼らの裏ビデオが水面下で広く流布していることは、存じ上げておりますわ。好事家が多いことも」


 それでは、と海咲は言葉を続ける。


「彼女とはいつどのように、お知り合いに?」


「五日ほど前の話です。向こうから、仕事をしに来たんですよ。遊ぶ金が欲しい、とね」


 五日前。そう聞いて、マゼンタは眉を顰めた。しかし彼女は何も言わず、手元の資料を何枚か捲り上げた。


AV(アニマル・ビデオ)出演の話は、その時に?」


「ええ、口約束ですがね。それが昨日になって、急に『報酬が合わない』『現物支給でもいいから、リターンを増やしてくれ』とゴネられまして」


 ふむ、現物支給ねぇ。


 その単語が気になり、海咲は深堀をしてみる。


「現物支給、とは?彼女には何を要求されました?」


「宝石を寄越せって、頻りに言ってたぜ。俺のコレクションなら『かわいい』執行官様に、見せただろう?」


 答えたのは、赤鬼―組長だ。彼は『かわいい』の部分を強調した。


 私としたことが。流石に、溢れ出る『かわいさ』を制御しきれなかった。どうやら、彼にはバレてしまったらしい。


「…ええ、報告は受けております」


 バラすなよ、と念を込めつつ、笑顔を返す。


「最後に一つ。初めて会った時と、最後に会った時。報酬の話を除いて―ウルタール人に、何か違いはありましたか?」


 海咲の言葉に、若頭は首を振った。そんな彼の顔色を伺うように、ケンタウロスの男が少しだけ視線を泳がせる。


「…そうですか、それでは―」


 話を終えようとした海咲を、いなりが制した。


「…何か、気になることでも?」


 僅かな動作であったが、ゐづないなりはそれを見逃さなかった。彼女は、ケンタウロスの男に微笑みかけた。


「…ああ、いや…」


「気になることがあれば、申し上げてください。直観的なことでも、構いませんわ」


 くすり、といなりは微笑んだ。その笑顔に、ケンタウロスはさっと顔を赤らめる。


 美女には三段階ある。全世界に数百万人いるクラスで一番の美少女と、私のような国民的美少女と―そしておいなりのような国を傾ける美女だ。天才はいる。悔しいが。


「…音、なんだ。昨日会った時、彼女は俺の携帯電話の音にビビっていた」


「それは、どんな音でした?」


「…普通の着信音でしたよ。標準のよりは、高い音でしたが」


 話を引き伸ばすな、とばかりに若頭は吐き捨てた。彼の言葉に、ケンタウロスは大きな体を萎縮させた。


「いえ、重要な証言として受け取らせていただきます。これで、面会を終わります。ご協力、ありがとうございました」


 面会を切り上げて、海咲たちは退出した。因みに、今回の面談は『捜査協力』の扱いとなり、三年の刑期のうち一年が恩赦されることになっていた。


 続いては、死んだウルタール人に対する聞き込みだ。彼女たちは休憩も程々に、次の面会に向かったのだが。


「ウルタリアンの女性ですが―面会を拒否されました」


 看守にそう言われ、海咲たち三人は顔を見合せた。彼女は不法就労の罪で収監されており、それはウルタールにも通知されていた。協力さえしてくれれば、刑期に関わらず、ダンテのプライベートジェットでウルタールに強制送還する運びとなっていた。


「面会拒否?私の可愛さに恐れをなしたか?」


「喧しさに嫌気がしたんでしょ。音に敏感なんだもの」


「それ化けてる方だけでしょ」


 海咲といなりのやり取りを聞きつつ、マゼンタは頷いた。恩赦付きの面会を拒否するなんて―普通では有り得ない。明らかに、不自然だ。まだ仮説の段階であるが―私は話を勿体ぶる名探偵とは違う。『可能性』の一つとして、披露しても良さそうだ。


「…少しよろしいですか、お二人共」


 エレベーターに向かう道の途中。魔女の凛とした声が響く。二人は、マゼンタの方に振り返った。


「いいよ、マゼンタ。聞かせて」


 眼鏡に手をかけたマゼンタに、海咲は微笑んだ。


 突破口の見えない困難を前にしたとき、彼女はとても頼りになる。もう少しタッパがあったら、本当に付き合ってあげてもいいんだけど。なーんて。




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