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6話 『ネコの手』

「まあまあ。今はそれどころじゃないでしょ。まず、何から初めよっかって話で…」


「マァマァ!?」


 過剰反応し始めたいなりを完全に無視して、マゼンタは懐から紙の束を取り出した。


「現状をまとめた資料を作ってきました」


 クリアファイルの中で印刷されたスライドを揃えながら、彼女は眼鏡を掛ける。どうやら、十枚程度はありそうだ。


 そんなことより、だ。海咲は訝しんだ。


 私たちはさっきこの話を聞いて、そしてここまで一緒に行動してきた。まだ、三十分も経っていない。スライドはいつ用意されて、そしていつ印刷されたのだろう。マゼンタ、時たまこういうびっくりどっきり手品やるんだよな。


「因みに聞くけど、いつ準備したの?」


「移動中に。社会人として、当たり前では?」


 ふん、と鼻で笑われた。当たり前。これが当たり前でたまるか。当たり前でたまるかっ、と言い返したいが、本当にこれが当たり前だったらどうしよう。将来のことを考えて鬱々としてきた。私社会に出れるのかな。若く綺麗なうちに死のうかな。残念ながら私は死なないけれど。強いので。ぶい。


「まずこれが…」


 そう言ってマスターオブ社会人ことマゼンタがテーブルに置いたのは、複数枚のスライド。そしてそれの上にどさどさと落ちてきたのが、私こと花崎海咲の写真の束だった。


 ふむ、と海咲は写真を手に取った。一番上のものは、昨日家を出る前に髪を結っていた時のものだ。隠し撮りした割には、可愛く撮れていると思う。下着姿のものもある。我ながら犯罪的な美しさだ。古代ギリシャに私がいたら、真っ先に彫刻のモチーフとなること間違いなしだと思う。


 彼女は素晴らしいカメラ(ウー)マンだ。これらの作品が倫理的に問題のある手段で撮影されたということにさえ、目を瞑れば。


「海咲ちゃんの、写真?」


「…ごほん。失礼、間違えました」


 虚を突かれた様子のいなりを無視し、何食わぬ顔でマゼンタは写真を回収した。因みに、一家の安寧に敏感ないなりママは、何か言いたそうにこちらを見ていた。しかし可哀想だが、また話が逸れそうなので無視することにする。私たちの静かなアイコンタクトを他所に、マゼンタは淡々かつ飄々と写真をどけると、スライドを指さした。


「初めに。今回の仕事の目的は、侵略的外来種『メタブルー』の発見と駆除になります。その際の手段、そして予算に関しては指示されておりませんので、私たちには学生ならではの柔軟な対応が期待されていると思います」


 確かに、と海咲は頷いた。正攻法は、先輩や専門の駆除業者が既に試しているはずだ。副部長は言外に、私たちアカデミアの学生による専門性を活かした調査を期待しているのだろう。単に、疫病神の依代が必要だっただけ―でないのなら。


 ところで、マゼンタは卓越した魔女であり、いなりは妖狐(シェイプシフター)としてのノウハウと経験がある。勿論、それぞれの専門分野も分かれていた。しかし戦力的には三分の一マゼンタである魔術師くずれの花崎海咲には、一体何が出来るだろう。可愛いくらいしか取り柄のない自分が憎らしい。


「メタブルーについて、現在分かっている情報は?」


 いなりがそう言うと、海咲は食い気味に返事をした。


「調べてきました。メタブルーの生態は、現時点で何もかもが不明です。いかがでしたでしょうか?」


「静かにしてろ頭インターネット。マゼンタ、何かある?」


「こちらが見つかりました」


「何でマゼンタまでAIみたいなんだよ」


 いなりのツッコミを受けつつ、マゼンタはスライドを何枚か捲っていく。ウルタール経由で入国管理局が手に入れた情報が、画像とともに列記されていた。


 目を引いたのは、メタブルーが姿を変えるその瞬間を、コマ送りで撮影した画像だ。メタリック・ブルーの体表が徐々に色を変え、体毛までもが再現される様子までが写し出されていた。フレームレートから概算するに、彼らは瞬きの間に変身している。これでは、路地裏に入った瞬間には撒かれてしまうだろう。


 また、変身後の体組織について、解剖結果が上がっているようだ。驚いたことに、牛に変身した彼らの体内は、見事なまでの牛肉であったらしい。つまり、彼らは外側だけを模倣しているわけではないということだ。因みに切り分けられた部位は、本体が死亡すると元のゲル状に戻ったと記載がある。


「あとこちらが、海咲さんが遭遇したメタブルーですね。監視カメラの映像です」


 マゼンタがスライドを捲ると、紙いっぱいに拡大された、海咲の顔が現れる。画面の中の彼女は驚いた表情で、正にメタブルーの変身を目の当たりにしたその瞬間を切り抜いたことが伺える。問題は、写真に海咲しか写っていないということだけだ。


「何で海咲がドアップなんだよ」


「私が可愛いからでしょう?」


 そう言って、私はいなりにウインクをした。彼女はげんなりしていた。いなりとげんなりは韻が踏めるので、縁起が良いとされている(?)。


「かわよきときめき花崎海咲。そういうことなのです」


「ええ、そういうことです。流石ですね、海咲さん」


「ぶい」


「私がおかしいの?これ」


 怪訝な顔をした、おいなり。さっきから踏んだり蹴ったり不条理いなりだな、可哀想に。さて、情報共有はほどほどに、そろそろ方針を決めねばならない。私は口火を切ろうと、二人の顔を見渡した。


 その時だった。からん、と来客を告げる鐘が鳴り響く。まるで店内にふわりと漂う、マタタビ茶の香りに引き寄せられるように―大柄のネコ科が現れた。


「失礼、待ち合わせをしているのだが」


 その男は―見る者を圧倒する荘厳な金色の鬣を蓄えた獅子にして―紳士であった 。彼は背の丈二メートルを超える人型で、上品な青地に金色の刺繍の入った軍服を身にまとっていた。傍らには、毛並みの美しい小柄なウルタリアンの女性が控えている。


 待ち合わせ、と言われても。四人の少女は、顔を見合せた。海咲たちの様子に、彼は穏やかに笑った。


「九つ首の副部長殿から、執行官三人はこの喫茶店を溜まり場にしていると聞いたものでな。その様子だと、私のことは聞いておらんようだ」


 手持ち無沙汰に鬣に弄りながら、不躾に男はそう言った。海咲はスマートフォンを一瞥する。確かに、副部長からメッセージが入っていた。


 大柄の男性は、右手を顔の横に持ち上げて、名乗りを上げた。


「吾輩はダンテ。ウルタール陸軍大佐である」


 唖然とした様子の海咲たち。そんな彼女たちの様子を意に介さず、尊大な態度で彼はそう名乗った。そして、まるで招き猫のように、彼は右手でお辞儀を象る。それは、彼ら上流階級のウルタリアンに特有の作法。ウルタールでは、目上の人間は下民相手に決して頭を下げない。


「貴公ら執行官に随伴し、共に謀反を企てたデミ・ショゴスを撃滅しよう」


 そう告げたそのダンテの瞳は、爛々と輝いていた。




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