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5話 ブーゲンビリアの花を添えて

 兎にも角にも、まずは情報収集、そして方針の決定が必要だった。彼女たちは、庁舎近くの花屋兼カフェに場所を移すと、店員にハーブティーを注文した。


「メタブルーはウルタール人を殺して成り代わり、新天地で増えている、ね。星新一のショートショートみたいな話だ」


 海咲はそう言いつつ、いなりの方を見た。


「…ええと、ほし…?」


 彼女の話についていけず、いなりは視線を泳がせる。やれやれ、いなりちゃん活字読めないからな―と小馬鹿にしようとした海咲。意地の悪い地雷系が口を開く直前、哀れな小狐に助け舟を出すように、マゼンタが頷いた。


「星新一『宇宙のキツネ』ですね。宇宙飛行士が、食用も兼ねて連れていった狐に、成り代わられる話です。


 魔術的な欺瞞であれば、探知する術もありますが―自然科学的なものであるならば、見破るのは難しい。厄介です」


 霊子を媒介にした術式・変化能力であれば、同じく霊子を媒介にした何らかの手段で看破できる。特に海咲やマゼンタのような魔術師の前では、全身に金粉を塗布した人間が、金属探知ゲートの中を通過するようなものだ。それこそ―九尾の妖狐のような卓越したシェイプシフターでない限り、魔術師の目を欺くことは不可能に近い。


 しかしながら、自然科学的な変化であるなら看破は難しい。天然のエビの身と、食品プリンターで作り出したエビの身。味も見た目も、化学的な組成すら同じであるなら、どのように見分けることができようか。それこそ、偽物は加熱すると水分が抜ける―などという致命的欠陥がない限りは、判別は容易ではない。


「微量に漏れる魔力を探知…しても無理だね。街中で一つの種族を探すのは不可能―であってる?」


 海咲は、ハーブティーを運んできた店員に、そう声をかけた。薄緑色をした彼女は、海咲たちとは知己の間柄であり、少女たちの所属する学園『アカデミア』のOGでもあった。


「ええ、そう、ね。私の魔力、と、貴女たちの魔力、すら、殆ど同じ、だもの。色を見分ける、資格を、お持ちなら、話は別、かも、しれない、けれど」


 まるで、一つ一つの言の葉を愛でるように。そのドライアド―木の精は、ゆったりとした口調でそう述べた。


「死角―は特にないかな。強いので、ぶい」


「ふふ、どういう、意味?」


 海咲の戯言に、ドライアドの少女―カイネは、くすりと微笑んだ。


 こうして少しずつネットミームをイリスに広めていく。私はネットミームの伝道師なのだ。ぶい。


 海咲が心中で妄言を述べている間に、カイネは口調とは裏腹な手際の良さで、お茶の準備を進めていた。


「そんなことより。ハーブティー、新しい、ブレンド、にした、の」


 三人は、まるで生け花のように青葉が伸び、花がいけられたティーポッドに目をやった。天辺に南国らしさのある赤い花が飾られている以外―特段、いつもと変わらない。イリスのグルメサイトにも、『店主はティーポッドを植木鉢か何かと勘違いしている節がある』と記載されているし、その通りだと海咲は思った。ただし、そのレビューを書いたのは海咲本人である。


「この花のこと?上に咲いてる赤い花」


 何が新しいのだろう、と小狐はその赤い花を持ち上げてみるなどした。いなりが花について言及すると、海咲とカイネは顔を見合わせ、意地悪く笑った。


「赤い、花?」


「おいなり、見てみ。ポインセチアの花が咲いている」


 揶揄うような二人の様子に、いなりは不機嫌そうに口を尖らせた。海咲がポインセチアに言及したことで、凡その見当はついたのだろう。


「はいはい、これは花びらではないのね。よく知ってて偉い偉い」


 その花の名前は、ブーゲンビリアという。中心に咲いた―可愛らしい三つの白い花弁。折り重なるように、寄り添うように咲いた白い花弁を包み込むその赤い葉は、確かにそれ自体が花びらのように見える。


「因みに花言葉は『貴女しか見えない』」


「はい中二病」


「くっ…左手が疼く」


「医者行け。頭の」


 海咲の言葉に、いなりはそう吐き捨てた。漫才じみたやり取りをしつつ、いなりは手に持った赤い花を元の位置に戻した。漸く静かになった三人に、カイネは穏やかな口調でお茶の説明を始める。


「花は、飾り、なのだけれど。中身は、何と、マタタビ茶、なの。今年、は、マタタビが、豊作なのよ。食べる温泉、と言われる、ほど、血行促進、に、効果的、よ」


「そうなんだ。だからウルタールから観光客が来たのかな?」


 『またたびの色香に誘われて』。ウルタールのイリス旅行ポスターには、そのようなキャッチコピーが書いてあるのだろう。ちょっといいな、と海咲は思った。


「ええ、幻夢境ではマタタビは手に入りませんから。カイネさんのような、闇のブローカーから仕入れないと」


 マゼンタの言葉に、カイネは口をすぼめて抗議した。彼女の薄緑色の皮膚が、少しだけ紅潮する。


「む。違法では、ないわ。許可証、だってあるもの」


「バロメッツもですか?」


 表情を変えぬまま、マゼンタはそう言った。


「そんなこと、言うなら。もう、貴女に、薬草は、卸しません」


 ぷい、とそっぽを向いたカイネに、マゼンタは微笑んだ。友人関係の狭い彼女は、易々と他人に笑顔を向けない。どうやら二人の交友は、海咲の知らないところで花開いていたようだ。その微笑ましい友情に顔を綻ばせていた海咲を他所に、いなりはテーブルに体を乗り出した。


「待って、あるの?バロメッツ。家に持ち込んでないよね」


 バロメッツ―生きた羊の実がなる植物である。肉食性の生物―無論妖狐も含まれる―の欲望を暴走させるフェロモンを発するとされ、イリスでも栽培が禁じられている―のだが。


「ないですよ。ね、カイネさん」


「ない、わ。医療用、よ。個人には、卸さないわ」


「マンドラゴラならマゼンタの部屋で見かけたけど?カイネの仕業でしょ?マンドラゴラの個人栽培も条例で禁じられてるよね?」


 飄々と視線を逸らす二人と、追求の姿勢を続ける小狐。犯罪的な会話の内容にも関わらず、その様子だけは可愛らしかった。何故なら全員、身長がミニマムだからである。誰かが告発すれば家宅捜索は免れないが、これならどうにか飯事だと誤魔化せるだろう。万が一バレても、子供のやることだし、公安も見逃してくれるはずだ―などと、海咲は思った。


「…おたくのママ、厳しい、わ」


「母がすみません」


 本当に飯事をしていたように、二人はそう言った。はあ、とカイネは溜息を零した。追従するように、マゼンタが頭を下げる。唯一騒いでいたのは、精神的には一番年上の小狐だけである。


「あれ、なんか私が悪者になってない??あとママじゃないやい!」


 などといなりママがまた騒ぎ始めたので、そろそろ本題に入ろうと思う。最近は私だけでなくマゼンタも人をからかうことを覚えてしまったので、このような漫才が延々と繰り広げられてしまうのだ。

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