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4話 サイレント・インヴェンション

「三人とも、お疲れ様。今日も期待していますよ」


 残り八つの頭で別の書類に判を押しながら、彼はにこやかに微笑んだ。


「はい、よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


「もごもごもごごいます」


 落ち着いて挨拶をした二人と、ばたばたと立ち上がり、サンドイッチをお茶で無理やり嚥下した少女。それぞれの反応をした三人に視線を這わせた後、副部長は海咲の方に頭を傾けた。ちるる、と伸ばされた舌に、海咲は背筋を伸ばした。副部長は、悪戯に舌を伸ばすなど品のない行為はしない。それこそ、怒っている時を除いては。


「花崎さん」


 普段は海咲くん呼びなのにな、と海咲は思った。ぴえん、これ多分怒られが発生するやつだ。私、お顔は天才なんだから、多少のやらかしには目を瞑って欲しいな。


「すみません、昨晩はターゲットを取り逃してしまって…」


「…いえ。それは問題ありません。寧ろ、大手柄です」


 先程まで話していた頭とは別の頭―堅苦しいメガネをかけた大蛇の頭が、するりと伸びてくる。


 因みに海咲曰く『ああ見えて副部長の九つの顔は十人十色マイナス一、皆違って皆良い』とのことである。更に言えば、メガネをかけた頭に関して言えば、九つのうち頭脳労働の担当であった。


 彼は伸ばした下でメガネのツルを持ち上げると、見た目通りの堅苦しい口調で言葉を続けた。


「貴女が提出した検体について、調査報告が出ています。あれは、侵略的な知覚種族<害獣>の可能性が高い。しかし今なら、水際で食い止められるでしょう」


 検体。海咲が入手した青い玉と粘液のことである。メガネを掛けた頭は、彼女に報告書を手渡した。


「少し、話をしましょう。皆さん、掛けてください」


 六つの頭で別の仕事を回しつつ、メガネを掛けた頭は三人に着席を促した。


「初めに。ウルタールをご存知ですか?」


 副部長は、一同の顔を見回した。マゼンタは頷いて、返事をする。


「ここ―中央平原から東、魔法の森を抜けた先にある国でしょうか。猫が多く暮らしている」


「ネコを信じるものは救われる」


 そう呟いた海咲に、いなりが裏拳を喰らわせる。放っておくとぺちゃくちゃ喋る口は、このように塞がねばならない。


「…ええ。ここ数千年の間に、猫とヒト科の原住民との混血が進み―今では多種多様なネコ科の獣人が住む街となっています。ここまでは、よろしいですね?」


 猫の街、ウルタール。海咲たちも、その成り立ちについては学校の授業で習っていた。『何人も猫を殺してはならない』という法律で有名なその国は、元々は人間が猫と共に暮らす街だったようだ。それがある日、とある急進的(ラディカル)先駆者(パイオニア)達によりヒトとネコの交配が行われ―今では住民そのものが、ネコ科の獣人になってしまった。それが、ウルタールという国である。


 昨日、海咲のターゲットであった獣人も、ウルタールの出身であった。彼女は比較的原始的な猫の姿に近く、ウルタール人の中では獣寄りの人種である。


「その、ウルタールの近郊―貿易都市ダイラス・リーンに、新種の幻夢境原生生物が持ち込まれたそうです。地下世界の円柱帝国より更に深層で発見された知覚種族で、劣悪な環境でも増え、食用にも適しており―そして何より、他種族の姿や能力を模倣する」


 海咲は、昨日のことを思い出した。ウルタール人に化けていた、メタリック・ブルーの生物。彼女―或いは彼は、私と意思の疎通が出来ていた。真の姿を現すまで私の両目<節穴>はその正体を見破れず、尚且つ魔術的にも擬態の気配すら感じ取れなかった。


「それを購入したウルタール人の商人は、大層喜んだそうです。猫らしく気侭な彼らには、安定した労働力が必要ですから。長距離移動の際にも、船員をコピーさせれば最小限の人員で船を運行できるし、帰り道にはディナーになる。そうしてその変身生物(シェイプシフター)は彼らの生活の一部となっていき、そして事件は起きました」


 メガネを舌で掛け直し、副部長は話を続ける。


「先日、ウルタール発の旅客船がイリスに到着しました。乗員は五十名。乗組員はパイロット含め八人。工程は二日間で、乗組員の半分が件の生物―以後『メタブルー』と呼称します―だったようです。旅客船はイリスに無事辿り着き、入国審査を経て彼らはイリスに入国した。そして、特に何事もなく帰国しました。問題は―ウルタールに戻った彼ら全員が、『メタブルー』だったことです」


 三人の間に緊張が走る。彼女たちは、顔を見合わせた。


「『メタブルー』という名前は副部長のセンスですか?」


「すみませんヒドラ副部長、今黙らせましたんで」


 だあん、とデスクに海咲の顔を叩きつけたいなりに、副部長の頭の一つが振り返った。他の頭に比べて女性的な、上品な頭である。


「私のセンスです。『メタモルフォーゼ』と『メタリック・ブルー』を掛けてみました。


 話を戻しましょう。家族、友人、恋人…親しい者の前で本当の姿を晒した後、メタブルーは何処かへ消え去ったとの報告を、ウルタール政府機関から受けています。そして、花崎さんが昨日見つけた遺体―それは、メタブルーと化した乗員のうちの一人でした」


「…ええと。つまり、こういうことです?ウルタール人はメタブルーに成り代わられて、全員消息を絶っている。そして―メタブルーは既に、イリスに入り込んでいる」


 ペンをくるりと回して、いなりはそう言った。海咲は、三人の顔を見回した。どうにも、話が矛盾しているように感じたからだ。


「ええと、整理させてね。メタブルーはウルタール人に成り代わったけれど、ウルタールに帰ったのよね?」


「いいえ、海咲さん。そこが、問題なんです。最初に持ち込まれたメタブルーは、何匹でした?」


 マゼンタに言われ、海咲は副部長の話を思い出した。そして、ハッとしたように呟いた。


「最初は四匹だった。でも、最終的には五十匹以上に増えてる…」


 ぞっとした。姿を自由自在に変える生物が、水面下で増殖していたら。静かで、それでいて恐るべき侵略だ。愚かな私たちはきっと、入れ替わりに気が付かない。知らぬ間に、隣人がメタブルーに成り代わられていたとしても。


「そういうことです。つまるところ、彼らはイリス内で繁殖をしている恐れがある」


 そう言って副部長は、がらんとしたオフィスを見回した。


「報告を受けてから、部下たちには民間の駆除業者と協力し、メタブルーの発見と駆除をお願いしています」


 残念ながら、まだ成果は上がっていませんが―と彼は付け加えた。


 難題だな、と海咲は思った。『狩り』に関しては比肩しうるものがないアタランテ先輩の力でも、難しいときたか。先輩、また目移りしてないかな。青い玉とかに。


「そして、メタブルーの発見・駆除業務について、皆さんにも協力していただきたい。本当はこのような緊急業務は任せたくないのですが―今は一人でも人手が欲しい。頭の悪い上層部は事の重大さを理解できないようで、他部署の応援は望めないとのことですので」


 彼はちるる、と舌を出した。その様子からは、苛立ちが感じ取れる。どうやら彼は、自身に対して怒っているわけではなさそうだ。海咲は内心、胸を撫で下ろした。


「その代わり。嘆かわしいことですが―ウルタールから『お目付け役』が派遣されます。彼らにも面子があるのでしょう、身内の不祥事は身内でかき消したいようです。彼らが着き次第、皆さんと行動を共にしていただきます。くれぐれも、失礼のないように」


 お目付け役。副部長の苛立ちの原因は、これだろう。『猫の手も借りたい』とはよく言うが、逆に余計な邪魔をされては適わない。だからこそ、彼は私たちに面倒な厄介事を押し付けたいのだ。


「やり方は任せます。それぞれの知見を動員し、協力し合って仕事に取り掛かってください。まずはメタブルーを発見し次第、報告をください」


 恐らく、あまり期待はされていないのだろう―明確なようで、中身のない指示。それでも、やらなければならないことだけは、理解出来た。私たち三人は顔を見合せ、頷いた。




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