35話 一人じゃない
砲身を切り裂き、彼は突貫する。海咲はジャガーノートで迎撃を試みた。しかし彼は、その軌道を読んで回避してみせる。しっかりと構えを見てしまえば、あとは真っ直ぐに伸びるだけの武器である。いくら速かろうが、避けるのは容易い。
「爆導索ーっ!」
しかし、予想外の攻撃にダンテはよろめいた。ジャガーノートの刃が先端から爆発し、彼の身体を打ち据えたのだ。
その隙に。翼で身を庇いつつ、海咲はダンテの背後に回り込む。そして羽虫のように取り付き、魔術弾を斉射した少女を、彼は膂力で吹き飛ばした。
「彼女の愛こそが、私の存在意義だ!」
なんという、妄執。何度も壁に叩きつけられ、朦朧とする頭で、海咲は思った。
「違う…」
「では何故―私は満たされない!私の心に空いた穴は―何故埋まらない!」
それは、彼の心の叫びだった。野性的で本能的な、心の内から漏れた咆哮。慟哭、寂寞。泣き叫ぶようなその悲しい声色に、海咲は思った。
この人は、元妻以外からの愛を、受け入れられないのだ。皆が、彼を愛して、認めているのに。それに、気が付こうともしない、或いは気が付こうとしても、無理矢理見て見ぬふりをしようとしている。
「貴方は気づいていないだけ、貴方を愛してくれる人に」
それは、悲しいことだ。私は、私の友達から、愛されている。皆が、私を好きでいてくれる。だから、私も皆の気持ちに報いたい。皆を、守りたい。
彼も、ローズから、彼の部下たちから愛されている。愛されているのに、ダンテは愛に飢えている。飢えているのに、食べようともしない。餌の選り好みをする、猫のように。
「他者からの承認など―必要あるものか!この世界の何よりも…私は―私は彼女の愛が欲しい!」
だから、私が伝えないといけない。気付かせてあげないといけない。今の彼にだって、愛してくれる人がいることに。
「その為に。貴方を支えてくれたローズを、犠牲にするの?」
「そうだ!でなければ、彼女も―私も報われない!」
「―この…っ」
それでも分かってくれないなら―私が、彼を止めないといけない。この人は、私と同じなのだ。『あの時』。私は大切な親友を失って、自分の為に他の友人たちの愛情を利用して、そして皆を傷つけた。そんなことは、もう二度としない。だから、ここにはいなりを置いて―私一人で来たのだ。
「分からず屋ァーっ!!」
ダンテの突進を、海咲は力任せに受け止めた。身体強化を極限まで使用して、理論上亜光速まで到達できる震電を、彼女の体が壊れる限界まで加速させる。
彼は、亡き妻の為に。私は、マゼンタの為に。言葉は交わし終えた。後は、我儘の押し付け合いだ。
床の強化ガラスが抉れるほどの膂力で行われた、力比べ。その光景は、我儘な子供たちの―取るに足らない喧嘩のようであった。
「愛を知らぬ、小娘が―っ!」
「知らないよ!でも―私を好きでいてくれる人達がいる!貴方にも!」
膂力は、互角。しかし格闘センスは、須らく軍人であるダンテの方が上手である。
「黙れ!」
彼は海咲を投げると、床に叩きつけた。身体を庇えず、彼女の右腕はおかしな方向に曲がってしまった。
「私は手に入れるのだ、愛をな…!」
折れた拳を突き出した海咲。そんな彼女の腕を、ダンテは再び切り飛ばした。
「…いい加減―」
しかし。海咲は切り飛ばされた右腕を左手で掴むと、ダンテに向けて振り払った。それは、まるで平手打ちのように、ダンテの頬をうち据えた。
「―目を、覚ませよ!」
ダンテは頬を抑えて、海咲を睨んだ。如何に身体強化魔術が篭っているとしても、所詮は少女の平手打ち。ダメージは小さい。対する海咲は、力尽きたように膝を着いた。
それでも。彼女は震える膝に喝を入れ、立ち上がった。再生した右腕の拳を握りしめ、彼女はダンテを睨み返した。
時間の猶予もない。場合によっては―裂衝で吹き飛ばさなければならない。しかしそれは、一か八かになる。どうする、と考えた海咲。
その時。彼女の思考に冷水が差し込まれる。突然響いたその音は、ノイズ混じりの館内放送だった。
「此方マゼンタ!」
その声に、海咲は目を見開いた。
「海咲さん、聞こえますか!『上階の爆弾は全て解除しました!』繰り返します、『爆弾は、全て解除しました!』」
放送室から、マゼンタはそう叫んだ。その横で、メタブルーたちが囃し立てている。
どうやら、彼らも目的を達したようだ。海咲は、胸を撫で下ろした。
「何か言うことあります?いなりさん」
「…帰ったら。帰ったら、お説教だかんね」
いなりの声に、海咲は思わず笑ってしまった。何が、『マゼンタを助けなきゃ』だ。何が『一人で来た』だ。私はずっと、皆に守られていたのだ。
「はあ、はあ…」
呼吸を整えて、ダンテと向かい合う。お互い、消耗している。
「ふう、ふぅ…」
爆弾は、残り一つ。
「起爆まで、あと一分!残りの爆弾は五階のものだけです!海咲さん、退避を!」
ダンテは吠えた。海咲は叫んだ。




