34話 貴女しか見えない
閃光の雨が降り注ぐ。一つ一つが致死性の威力を秘めるその光は、一人の少女から放たれていた。『裂衝』を封じられて尚、海咲には有り余る異能があった。金色の瞳から、魔力放出を知らせる赤黒いスパークを奔らせて、機械仕掛けの猛禽が縦横無尽に駆け巡る。
日輪から、旭光が放たれるように。放射状に熱線を発しながら、不死鳥は獲物に狙いを定めた。ダンテは彼女に向け『心縛呪釘』を放ち、妨害を試みたが、その効果は薄い。『錆びた釘』は、抜けない―言葉にしてしまえば単純な概念の押し付けだが、戦場においてその効果は絶大。射出された呪釘は対象を縫い留め、縛り付ける―はずだった。
「貴様―まさか」
「何か、おかしいかしら。例えどんなに錆びていようが―『釘』なら溶かせるでしょう?」
海咲の華奢な体に、無数の釘が突き立った。しかし、釘は当たった瞬間、数秒を待たずに消失―否、『焼失』する。彼女は歩みを止めない。ダンテの心を縛る釘は、海咲の熱い気持ちを縫い留めるには―耐熱性が低すぎた。その傲慢な態度に吠えたダンテを、海咲は睨んだ。
「どうせ―貴様には分らぬさ!私の無念が、亡き妻への愛が!」
逃げ道はない。活路は―前のみ。人間離れした駆動音と共に飛翔した海咲を、ダンテは正面から迎え撃つ。弾幕を掻い潜り、彼は海咲の腕を切り飛ばした。彼女の細腕は宙を舞い―そして閃光と共に爆発する。視界を奪われたダンテは、堪らず身を翻した。即座に腕を再生させ、踊りかかってきた少女の影を視界の端に捉えたからだ。
激しい攻防を繰り広げ、漸くダンテの顔にも焦りが見えた。海咲は恐らく―戦闘経験は浅い。しかし不死性を活かした奇策と、清々しいまでの『ゴリ押し』に、歴戦の勇士たるダンテも苦戦を強いられていた。
「ジャガーノート!」
海咲の声と同時に、ダンテの体に刃が襲いかかった。蛇腹状の刃が、音速を超えて打ち出される。彼はそれを間一髪、錆び付いた鉤爪で受け止めた。
ジャガーノート。海咲のもう一つの切り札にして、最大の武器である。蛇腹状に折り畳まれた刃は、その一つ一つが神具であるチャクラムを元にしている。本来は個々に機動する兵器であるが、海咲の力量ではジャガーノートを扱いきれず、束ねることで簡素化していた。
しかし。本来の力を出し切れて居ないとはいえ、広範囲における薙ぎ払いの威力と、射出時の先端速度は凄まじい。海咲はジャガーノートを引き戻し、再度射出した。直線的な軌道とはいえ、不意を打たれればダンテの技量を以てしても見切れぬ速度。今度は、彼が壁に打ち付けられる番である。
「…ちっ。しつこいぞ、花崎海咲!」
仕掛けた爆弾の自動起爆まで、あと五分。それまでに―何とかローズだけは逃がさなくては。さもなければ、彼女はここで消えてしまう。
「もう止めなさい!ローズを殺したくないでしょう!」
そんな彼の心中を見透かすように―自分の妨害を棚に上げ、海咲は傲然にもそう言い放った。彼女の言葉に、ダンテは吠える。
「爆弾は止めさせん、絶対だ!」
ローズの身を案じて尚―男は亡き妻を優先した。『あれは単なる代わり、紛い物だ』―。自分に言い聞かせ、彼は海咲を切り裂いた。
「どうして―どうしてローズと共に生きないの?カミーユさんでなくてはならないの!?」
深深と刻まれた傷は、烈火のごとく燃え上がる。そして、制服諸共修繕された。それが、花崎海咲の異能。迦楼羅天としての力は、彼女から『死』を奪い取る。彼女もまた、地獄には堕ちれないのだ。
そして、誰よりも地獄を望み、地獄の門を前にしても希望を捨てなかった男は、その在り方を拒絶するように海咲のことを蹴り飛ばした。そして再び、彼女の身体を壁に縫い付ける。
「ダメなのだ、彼女の愛でなくては!」
彼は吠えた。それは、魂の叫びだった。
「彼女の愛を受けて初めて―私は、自分に価値を見いだせるのだ!」
そして壁ごと、海咲の腹を貫いた。鬼神の如き膂力は、壁を破壊し隣の部屋まで少女の華奢な身体を吹き飛ばす。
幾ら不死身と雖も、体力には限界がある。瓦礫に飲み込まれた海咲は、呼吸を荒らげていた。
「そんなことない…!貴方の価値は、ローズが、貴方の部下が、国の人達が認めてくれている!」
彼女はストックしてある設計図から瞬時にエーテルを捏ね、高射砲を造形した。『8.8cm Flak37<アハト・アハト>』。彼女自身顔も知らない、海咲の祖父―ハーケンクロイツに抗った男が好んで使用した、旧第三帝国の対戦車砲である。
「なのに、何故そこまで!」
間髪入れず、砲撃が行われた。八・八センチの大口径エーテル質量弾は、唸りを上げてダンテに襲いかかった。
「ナルシストが―減らず口を!」
彼は、それを『心縛呪釘』で迎撃する。錆びた篭手から放たれるのは、同じく錆び付いた釘。それは目に見えず、しかし酸化による赤錆と共に、強く強く―心を縛り付ける呪い。彼自身をも縛り付けているその呪いは、海咲の言葉と共に、彼女の放った砲弾を打破した。
「彼女の愛なくては―私は、私を愛せない!」




