33話 『もう終わりだネコの人たち』
海咲が居たら一人でスタンディングオベーション間違い無しの洒落は、完全に黙殺された。攻撃を開始しようとした彼らであったが、またも邪魔がはいった。
「少尉殿、伝令であります!」
何度も寸止めを食らい、発狂寸前の彼らであったが、どうにか銃を暴発させることだけは我慢した。彼らの苛立ちを察したのか、伝令として走ってきた男は、敬礼も程々に必死の形相で叫んだ。
「周囲にガスが充満しており、兵士たちが倒れております!」
ロダン少尉は、周囲を怪訝そうに見回した。そんなことはない。兵士も倒れていなければ、全員が何やら上機嫌だ。漸く、虫酸の走る死霊術師と身の程を弁えない召使いを始末できるのだから、当然である。ある者は朗らかに笑顔を浮かべ、ある者は銃を杖代わりにし、またある者は大胆にも大の字に仰向けになっていた。
「ガス…?そんらもろろこに…」
そこで漸く、ロダン少尉は異変に気がついた。呂律が、回らない。
「じゅうまん、しれ…」
指に、足に、力が入らない。いや待て、そもそも―。
「おろ…?」
―こいつは、誰だ?
少尉は、仰向けに転がった。そして、気持ちよさそうに微笑んだ。まるで仏像のような、アルカイック・スマイルである。
「何!?どうしたと言うのです!?」
唯一、ローズだけが無事だった。当然、彼女は『ネコ科』ではないからだ。しかし、メタブルーとして、彼女はウルタリアンを忠実に再現しすぎた。彼女もすぐに、地面に崩れ落ち、そしてメタリック・ブルーの粘液に姿を変える。
「…遅いですよ、いなりさん。私の計算では、もう一分早く到着する予定でした」
「参謀みたいなこと言ってんじゃないよ、マゼンタ」
伝令として現れたウルタール人兵士は、瞬きのうちにその姿を変化させた。油揚げと同じ色の金髪に、小さな体と九つの尾。ドライアド謹製の『マタタビ爆弾』を手に現れたのは、ゐづないなりであった。
「流石、何手先も見越してらっしゃる」
「優秀な情報将校のお陰だよ」
彼女はマゼンタを助け起こすと、やれやれと笑った。
「全く、私がいないとどいつもこいつも…」
「助かりましたよ、ママ」
「ママ呼びするな。未婚じゃい」
こんこん!と怒った彼女に、マゼンタは微笑んだ。
「それ、何です?」
「マタタビ爆弾。カイネに頼んでた。ギリギリ間に合って良かったよ」
マゼンタが指で示したのは、マタタビ爆弾。彼女が地獄でウルタール人が黒幕という『仮説』を披露した際に、いなりが思いついたものだった。それは栓を抜くと沸騰したマタタビ溶液の蒸気が噴出する、爆弾とは名ばかりの『使い捨てアロマディフィーザー』である。既製品に手を加えれば、電話を受けて数分で量産できる簡素な作りであったが―畢竟、マタタビに一切の耐性のないウルタール人は、一網打尽にされてしまった。
「さて、ローズさん。ご同行願えますか?」
「…何故?」
「ダンテを止めます。どの道、あなた方の計画は失敗しましたから。告白するには、最後のチャンスですよ」
「…いいえ!」
まだ終わっていない。粘液体のまま、ローズはそう吠えた。彼女は駆け出して、廊下の奥に消えていく。階下には、まだ兵士がいる。それに対して、マゼンタたちは九人だけだ。まだ、希望はある。
「追うわ!」
「いえ、その必要はありません」
ホワイトを制止すると、魔女は帽子を被り直した。最早、決着はついた。
マゼンタにとって、ローズが頼りとする兵力は、あまりにも少ない。取り急ぎ彼女は、無抵抗のウルタリアンを平然と『処理』していった。そしてそのまま、『屍人兵団』でロダン少尉らを武装ごと接収してしまった。これで、敵の残存兵力を超える兵士を補充できたことになる。そして彼女は何食わぬ顔で、操った死体たちにマタタビ爆弾を配布させた。
「皆さん、これを。散々手投げ弾には苦しめられましたので、ここで仕返しと行きましょう」
マゼンタから手投げ弾を受け取り、ホワイトとネリケシは視線を合わせた。そして、決意に満ちた表情で頷いた。
「そうなの?よしよし、私大好き。意趣返し」
下らない韻を踏みつつ、いなりは笑った。その両手には、幾つものマタタビ爆弾が握られている。どこから取り出したのか、マタタビ爆弾の在庫はまだまだあるようだ。これで、ネコたちの狼藉もここまでである。勝利を確信したマゼンタは、とっておきの『キメ顔』で言い放つ。
「ふん。海咲さんなら、こう言うでしょう―『もう終わりだネコの人たち』―と」
やかましいわ、といういなりの突っ込みは、彼女たちの足音に掻き消された。




