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28話 『魔女狩り』 後編

 周囲には、鉄の匂いが充満していた。


「…このままではまずい、どうするか」


 我々の侵入は、とっくに気付かれていた。或いは、我々が居なくとも、魔女狩りを行う計画だったのかも知れぬ。ネリケシは俯いて、歯噛みした。


 シェイプシフターにしては幾分か人間らしい反応をした彼は、続いて人間らしい行動をとった。彼は手を広げて白猫を制止すると、口元に人差し指を当てた。耳をすませる彼らの前から、かつりかつりと音が響く。それは、ウルタール兵士の標準装備が奏でる足音にしては、少し重い。


 重装兵でも連れてきているのか、或いは公安の兵士が化けて出てきたか。死者の魂を包括するメタブルーたちに『幽霊』という概念はないが、その存在を伝え聞いてはいた。彼らは背筋を凍らせて、足音の主の様子を伺う。


 ぴちゃん、ぴちゃん。


 不気味な水音が響く。声を殺した彼らの前に、ウルタール兵士が現れる。通路の奥、二人組、どちらもメタブルーではない。


 彼らは恐怖に体を強ばらせながら、周囲を警戒していた。


 ばちん。


 ライトが明滅する。先程まで、問題なく稼働していたはずのそれは、急に調子を狂わせた。嘲るように、そして舐るように。錆の匂いを漂わせて、邪悪な何かが物陰に潜んでいる。そんな想像を掻き立てるように、光は繰り返し繰り返し、その破魔の力を褪せさせる。


 ばちん。


 そして、暗黒の帳が下ろされた。闇より出でたのは、這いずる音、水の滴る音。悲鳴、銃声、自動小銃のマズルフラッシュに、兵士たちの影が焼き付いた。彼らは、何かに貪り食われていた。


 天井のライトが、再び明かりを灯す。


 現場は、『凄惨』の一言に尽きた。ウルタール兵士は、その身体を鈍い奥歯で噛みつかれ、丸い爪で強引に引き裂かれ、命を落とした。赤黒い血溜まりが、白い床を犯していく。


「…なんだ、何が起こって」


 物陰に身を隠していたネリケシたち。そして彼らの背後に、誰かが立った。


「…そのまま。動かないでください。間近でこれを使われたくはないでしょう?」


 そっと振り向いた彼らの視線の先、骨張った白い手が伸びていた。枝のように細い指には、スタングレネードが握られている。ウルタリアンの手ではない、人間(ホモ・サピエンス)の手だ。


 その手の主は、赤毛の少女。黒色のローブを身にまとい、特徴的なとんがり帽子を身につけた―魔女であった。


「マゼンタ・デエーか」


「ええ、そうです。初めまして、そしてさようなら」


 そして彼女は、スタングレネードを落とそうとした。


「ま、待て!」


 狼狽えた様子のネリケシを揶揄うように、彼女はスタングレネードを見せつけた。そしてそれを本当に、床に落とす。しかし、何も起こらなかった。


「冗談です。殺すならもう殺してますよ」


 彼女は鼻で笑うと、両手を上げた。危害を加える意図はない、それをメタブルーに伝えるためだ。


「一つだけ、聞かせてください。『あの人』もここに来ていますか?」


 あの人―マゼンタが言及している人物が分からず、ネリケシの思考はフリーズした。その様子を見て、白猫が呆れたように笑った。


「あんたはもう少し、雌の個体をトレースした方がいいわね」


 そして、彼女はマゼンタにウインクした。


「花崎海咲なら、来ているわ。囚われのお姫様を救いにね」


 それは―百点満点中、百点の回答であった。今度は、マゼンタの聡明な思考回路がフリーズした。否、CPUは停止したが、代わりに脳内映像を出力するグラフィックボードの冷却ファンが、唸りを上げて回転する。


 ―ここは、白亜の城塞。無機質で、冷徹で、そして愛のない独房。私は魔王に連れ去られた、囚われの姫。耐え難い陵辱を受け(重要な設定)、身も心も疲弊した私を救いに―姫騎士(ナイト)が現れる。黒馬(重要な設定)に跨った、漆黒の騎士。彼女は堕天使のような黒色の翼を広げて、私のために(重要な設定)泣き腫らした様な目元で、そっと微笑むのだ。『助けに来たよ、私のお姫様』。


「マゼンタ・デエー…?」 


 恍惚とした表情で自分の世界にトリップした少女は、死んだように動かなくなった。否、事実彼女の虚弱な心臓は、『推し』のジャスト・コミュニケーションによりリズム・エモーションしてしまった。つまりは、心原性ショックによる心停止である。


「死んだんじゃないの?」


 何故、と首を傾げたネリケシに、彼女は苦笑した。


「本当に女心に疎いわね」


 おーい、と彼女はマゼンタの体を揺らした。涎を垂らしていた彼女は、はっと我に返る。


「いい夢見れた?」


「子供は何人作りましょう?」


「うん、重症ね」


 本日何度目かの仮死状態からの復活に、彼女の意識はまだ夢心地であった。純血の魔女家系は、死なない。否、死なないような術式(呪い)が、生後すぐに掛けられている。理由は単純、血を絶やされては困るからだ。それは、『単に死ねない』程度のものではあるが、マゼンタのような卓越した術士であれば、ライフルによる狙撃のような瀕死の重症を負っても、頭さえ無事なら復帰出来る程の効果を有していた。


「白猫の方、お名前は?」


「私たちに個体識別名はないわ」


「そうですか、では『ホワイト・リフレクション』で」


「もう少し、可愛い名前ないかしら?」


「なら『ホワイト』、で」


 ネリケシとホワイト、奇しくも修正の為の文房具になってしまった二人は、マゼンタに事の次第を伝えた。


「…なるほど。卵を人質に取られている、と。恐らく場所は分かります。やってみましょう」


 そう言って、彼女はウルタール兵士の死体を指さした。びくりと体を震わせたそれは、徐に立ち上がる。そして、ふらふらと彼女たちの元へと向かってきた。


「ネクロマンスを見るのは初めてですか?直ぐに慣れますよ。物言わぬ人形ほど、可愛いものはありませんので」


 恐ろしいことを言いながら、彼女は死体を跪かせた。そして、懐から長い枝を取り出す。マゼンタはそれを、死体の耳から突き刺した。ごり、ごりゅ、という耳障りな音と共に、枝から伸びた根が死体の脳髄を犯す。


「イリスだと法律で禁止されていますが。イリス国民でないので、関係ありません―ね」


 再び恐ろしいことを言いながら、彼女は死体に質問した。


「デミ・ショゴスの卵は何処に?」


 喉笛を噛み切られている兵士は、ひゅう、という情けない音で答えた。マゼンタは舌打ちして穴を塞ぐと、もう一度問いかけた。


「地下四階…六番会議室…ケースの中、だ」


「だそうです」


 糸が切れたように、死体は崩れ落ちた。その全身から、木の根が飛び出し、死体の形は一瞬にして崩れ、肉塊へと姿を変える。


「ちっ。これ使うと、直ぐに壊れてしまうんですよ」


 そう無表情に述べた魔女に薄ら寒いものを感じつつ、ホワイトは彼女に尋ねた。


「花崎海咲は更に地下に向かったと思う。私たちの向かう方向は同じだと思うのだけれど、手を貸してはもらえない?」


 彼女の問に、マゼンタは首肯した。


「ええ。勿論ですよ、ホワイト。私も早く帰って、一人の時間を楽しみたいですし」


「詳しいことは聞かないでおくわね」


「それで、状況は。潜入は露見しましたか?」


「そう。奴ら、『魔女狩り』を始めたの。残った私たちの戦力は、私たち含めてあと七人。あとは、これにやられてしまった」


 そう言いつつ、白猫は忌々しげにグレネードを小突いた。


「魔女狩り、ですか。ええ、受けて立ちます」


 とんがり帽子を深く被ると、彼女は不敵に微笑んだ。


「マゼンタ・ル・デエー。『魔女狩り』を生き残った純血魔女家系の力、お見せいたしましょう」




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