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24話 『ネリケシ』

 その音を背後に受けながら、海咲は眼下を走るメタブルーに合流した。彼女はリーダー格の黒馬の上に降り立つと、そのまま乗馬の姿勢をとる。勿論、経験は無い。


「こ、これが黄金の回転…」


 円を描くようにぐわんぐわんと揺れる背中に掴まると、海咲はメタブルーに話しかけた。


「おまたせ、追手は撒いてきたよ。ところで、貴方がメタブルーのリーダー?」


「統率者と言う意味なら、そうではない。私は単に、我々の一団の中では、最も長く生きた個体というだけだ」


「名前は?」


「我々は個体名を持たない」


 そう、と海咲は微笑んだ。彼らは一にして全。ネットワークの相互作用における端末の一つでしかない彼らには、アドレスは兎も角個体識別名は必要ないのだろう。


 しかし、名前がないのは不便である。今どきは、自分の携帯にすら名前をつける人がいるのに。個人Wi-Fiの名前みたいに、気の利いた名前でも付けてやるか。


「じゃあ、貴方は『ネリケシ』で。よろしくね、『ネリケシ』」


「…?どういう意味だ?」


 「メタブルーだから」と返答すると、海咲は空に飛び上がった。鞍のついていない黒馬の背中は、とても快適とは言い難かったからだ。彼女はネリケシの上を優雅に飛ぶと、彼に尋ねた。


「ところで、作戦は考えてあるの?真正面から攻撃はしないよね?」


「一応は」


 彼らの作戦は、次のようなものだった。初めに、不定形の体を活かしてプラント内に侵入する。そして、ウルタリアンの兵士に化け―彼らが施設に仕掛けた爆弾を、解除していく。その道中で卵―青く輝く『創造の包漿玉(ウボ・インキュナブラ)』を回収し、炉に仕掛けられた爆弾の起爆前に脱出する。


 それは作戦じゃなくて工程では―と海咲は思った。しかし、彼女は特に指摘しなかった。恐らく彼らには、今話したような大味なやり方でしか、活路が残されていないのだろう。


 彼らがプラント内に侵入するのは、変化能力をフル活用すれば問題なさそうだ。しかし、私が施設に入り込むのは難しいかもしれない。空間転移があれば話は別だったが、生憎私には荷が重すぎる。やはりどうにか、メタブルーたちと同じように見張りの兵士と入れ替われないだろうか。それも、監視カメラに気付かれないやり方で。


「ネリケシ、例えば貴方が私を包み込んだら、私の姿って変えられたりしない?」


 ジャケットを羽織るように、メタブルーを纏う。そして外観だけ変化させれば、監視カメラの目を欺けないだろうか。身長までは誤魔化せないだろうが、私はそもそも、体格的にはウルタール人兵士に見劣りしない。


「可能だ。表面のテクスチャだけを模倣すれば、無駄に苦しむこともないだろう」


 無駄に苦しむ、と聞いて海咲は首を傾げた。苦しむとは、どういうことだろうか。メタブルーに包まれて窒息死するかも、ということだったら嫌だな。


 そこまで考えて、海咲は悟った。彼らは、牛に化けられる。そして、その中身にも。つまりメタブルーは他者に化ける時、その内部まで模倣しているのである。そんな状態で、ジャケットのように羽織ろうものなら。良くて肉の壁、悪くて臓物の壁である。とても気分を害することは間違いない。


「それでお願いするよ。丸呑みは性癖じゃない」


 そう話しているうちに、件のエネルギープラント『プロメテウス』の姿が見えてくる。ガラス張りの近未来的なプラントは、その心臓部を地下深くに隠していた。なるほど、確かに地獄まで届く距離である。


 地平線の向こうに消え行く太陽は、プロメテウスに黒黒とした影を落としていく。それは、『原初の火(プロメテウス)』が失われてしまったようで―見る者に根源的な忌避感を抱かせるような、暗闇であった。




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