22話 『ソルダ・デ・モール』
数分前。
カルキノスたち執行部の一団が撤退していったとの報告を受け、ダンテは胸を撫で下ろした。実の所、彼らはまだ―プラントに爆薬を仕掛け終えてはいないのだ。カルキノスの攻撃により、船内に待機していた工兵の数名が焼死したこと、それが何よりの誤算であった。
「ローズ」
ダンテは腹心を呼び、ウルタールに電話をかけさせた。ここからでも繋がる、衛星電話である。数コールの後、電話が繋がった。その相手は、老人であった。
「…首尾はどうかね、ダンテ君」
「計画通り進んでおります、陛下」
恭しくそう述べたダンテに、電話の相手はくつくつと笑った。
「その呼び方はやめたまえ。私と君は他人だ。君のような『裏切り者』には、二度と我がウルタールの土を踏ませんよ」
「…お心遣い、痛み入ります」
電話の相手は、ウルタール国王。今回、ダンテのイリス入りを手引きした、張本人である。イリスからの再三の非難を受け、彼はダンテを指名手配すると共に、ウルタールからの永久追放を宣言していた。
つまり、下手人であるダンテと、彼を派遣したウルタールには、最早関わりがない。テロが失敗しようが成功しようが、彼はウルタールに戻ることはできない。しかし、彼が何をしようとも、ウルタールに矛先がむくことは無い。永久追放とは―『こちらは気にせず大いにやれ』という、ウルタール王からの最大の激励であった。
「構わんよ。愛する者を失う苦しみは、私にも理解できる。君が細君に会えることを、祈っているよ」
穏やかな声色でそう告げて、ウルタール国王は電話を切った。彼は暫し、王の計らいに感じ入ると、顔を上げた。
「ローズ、準備していたものは使えるかね?」
こくり、とローズは頷いた。彼女は毛艶のよい腕にビデオカメラを持つと、レンズをダンテに向けた。
「どうもありがとう、マイ・レディ」
そして彼は、即席で作られた演説台に上がった。簡単にマイクのテストをして―彼は口を開いた。
「始めてくれ、ローズ」
電波のジャックは、部下たちが潜伏中していた三週間の間に、予め準備させていた。あとは、ボタン一つで彼の演説がイリス全土に響き渡る。
「イリスの諸君。我々は、『ソルダ・デ・モール』。そして吾輩は元ウルタール陸軍大佐、ダンテである」
街中、ラジオ、そしてテレビ放送に至るまで。彼の放送はイリスのありとあらゆる媒体をジャックした。妖怪や神霊などから成るイリスの民は、魔術には精通しているが、科学技術となれば現世の地球にも劣る程度である。そのため重要なインフラは科学で制御していないのであるが、電波放送だけは利便性をとって、宇宙的に見れば時代遅れのテクノロジーが用いられていた。彼らはそこに付け込んだのである。
「これらの放送は、我々がジャックした。不便をかけるが、暫し、ご清聴いたただきたい」
礼儀に則り、そう謝罪と御願いの言葉を述べてから、彼は尊大に語り始めた。
「端的に話そう。ここイリス高天原地区、エネルギープラント『プロメテウス』は、我々が占拠している。我々は二時間後、このプロメテウス内のエネルギー炉の一号機を爆破し、プラントから直径五キロメートルを焼却する」
そして、と彼は言葉を続けた。
「我々は地獄の門を開き、地上と死者の国を繋げる。そうすれば、もう二度と離別に涙することもないだろう」
海咲はダンテの宣言を聞いて、絶句した。彼の目的は、エネルギープラントをオーバーロードさせ、イリス地下にある地獄に穴を開けること。正に『地獄の釜を開く』ことにより、地上と地獄を繋げようとしているのだ。
「地獄の門を前にしても、我らは希望を失わない。我々『ソルダ・デ・モール』は―必ずや地獄の門を打ち破り、『離別の苦しみ』から諸君らを解放しよう」
彼はそう宣言すると、懐から時計を取り出した。それを一瞥し、ダンテは言葉を続ける。
「猶予は、今から三時間後だ。どうか、周辺に住む者達は退去して欲しい。そうすれば、死の苦しみを知らずに済むだろう」
そして彼は手招きした。ウルタール式の挨拶である。
「さらばだ諸君。私の死が、君たちの希望とならんことを」
そして、放送が切り替わる。アタランテは唖然としていた。彼女はウェーブがかった自身の金髪を弄ぶと、誰に向けて尋ねるでもなく呟いた。
「そんなことが、可能なのか?」
彼女の問には、誰も答えなかった。『冥府の門』に風穴を開けるなど、これまで誰も考えつかなかったからだ。確かに夢見の世界である幻夢境は、黄泉の国と地続きである。しかし実際には霊的な障壁によって隔てられており、それこそ簡易的な『儀式』を経なければ地獄には降り立てない。そしてその障壁を霊的エネルギーで破壊した際に何が起きるのかなど、この場にいる誰も予想出来なかった。
「良くないことが起きるのは、確かでしょうが…」
重い沈黙を破りつつ、ヒドラは舌をちるると出した。
地獄に幽閉された重犯罪者たち。最も恐ろしい女神の一柱である『伊邪那岐』は先日脱走したばかりであるが、彼女以外の収監者まで逃げ出してしまえば、再び大きな騒乱が起きる可能性がある。それこそ―『巨神大戦』のような、凄惨な悲劇が。
「ふぉ」
カルキノスの言葉に、ヒドラは頷いた。
「ええ、まずは避難勧告を。そしてメタブルーたちは一度拘留します。海咲くん、彼らを―」
そこまで言いかけて、彼は口を止めた。そして、九つの頭全てで、周囲を見回す。しかし、公務に携わるには派手なビビット・ピンクのインナーカラーは、どこを探しても見つからなかった。
「…大日如来の小娘と、金毛白面九尾のちっこいのなら、出ていったぞ。メタブルー共もな」
そそくさと飛び出した、花崎海咲たち。そして彼女らを止めることなく眺めていた老爺は、くつくつと笑った。バロールの言葉に、ヒドラは頭を抱える思いだった。




