20話 謀叛
たぁん、と。乾いた銃声が響いた。エネルギープラント内、エントランスホール。撤収作業を行っていた公安魔術部隊の男が、ぐらりと倒れる。白いフードは赤く染まり、血溜まりが石造りの床に広がっていく。
本来、魔術部隊は後方支援に特化した部隊であり、前線には殆ど出向いてこない。それ故に、魔術戦なら兎も角、銃撃戦には殆ど対応できない。
何が起きているのか理解もできないまま、その場にいた七人の魔術部隊隊員は、あっという間に血溜まりに沈んだ。
ダンテは腹心の少尉に、指示を出した。
「死体は奥に捨てておけ」
彼の両腕には、長い爪の生えた金属製の篭手が装着されている。そして錆だらけのその爪は、血に濡れていた。
「き、さま…」
その足元には、引き裂かれた女神アストライアの姿がある。殺気には敏感なはずの彼女は、まんまと不意を打たれた。彼女はローズによって脇腹を刺され、そしてダンテによって致命傷を負った。それでも尚、ダンテに一矢報いようとした彼女であったが、ウルタール兵士によって蜂の巣にされ、完全に制圧された。
「これもな」
アストライアの褐色の肌が、赤黒い血に染まる。ダンテは迷いなく、爪で女神の顔面を破壊したのである。
びくんびくん、と無様に痙攣するアストライアの体を、ウルタール人の兵士が引きずっていく。その様子を目で追って、彼は少尉に命令を出した。
「それと―一人聡いのがいる。赤毛の魔女だ。計画の邪魔になる恐れがある。消しておけ」
「了解」
ダンテの指示に少尉は敬礼で応えた。その時である。エントランスホールの扉が開いて、カートに備品を載せた魔女が現れたのは。
「アストライア様は何処に?荷物をお持ちしたのですが―」
そう言いかけて、マゼンタは即座に異変を察知した。彼女は咄嗟に、空間転移魔術を行使する。指定座標に満ちる霊子と対象を置換する空間転移魔術は、個人が扱えるものとしては最上位に位置する魔術である。しかし、幾ら高等な魔術と雖も、制約は存在する。
「…ちっ」
例えば、置換対象に未定義の物体が干渉した場合―空間転移魔術は、不発に終わる。
マゼンタは右足に違和感を抱いた。外傷は無い。しかし、鈍痛が彼女の足に何らかの攻撃がなされたことを裏付けていた。マゼンタの足は、地面に『釘付け』にされていた。足の甲と地面を釘で縫い付けられたように、動かなかったのだ。
彼女は周囲を防御魔術で固めると、周囲の新鮮な死体に目をやった。合計にして、七つ。事実上不死である女神の死体は使えないが、ウェアウルフなどであれば死体は使えるはずだ。
「…正体を現しましたね、タンポポ男」
「貴様だけはずっと私を睨んでいたからな。邪魔が入らんうちに、消させてもらう」
弾かれたように、公安隊員の死体が動く。彼らはゾンビのようにして、ウルタール人兵士に飛びかかった。当然、兵士も対応するが、相手は死体。撃てども撃てども悪戯に弾を消費するだけであり、リミッターのはずれた怪力は兵士たちの膂力を易々と上回った。
デエー家の相伝魔術『屍人兵団』は、周辺の死体をオートマチックで操る術式である。勿論マニュアル操作も可能であり、マゼンタは鎖で有線操作した公安の隊員をダンテにけしかけた。
ダンテはそれを錆び付いた爪で一刀両断する。そんな彼の体を、ウルタール人兵士が羽交い締めにした。
「…なるほどな、有限の命であれば制限なしか。外法の術よ!」
ダンテは吠えた。当然、死んだ敵兵力も即座に麾下に加えることが可能である。まるでゾンビのように、増えた死体が牙を剥く。それが、彼女の術式の恐ろしいところである。
「降伏しなさい。洗いざらい、吐いてもらいますから」
辺りに散らばる、破壊された魂の外殻<死体>。そこに残留した霊的エネルギーを利用して、魂の抜け殻から鎖が伸びた。それは幾重にも放たれて、ダンテの体を縛る。まだ足の自由は効かないが、もう少しで能力の解析が終わる。霊子を媒介にする能力であれば、マゼンタ程の術士なら容易に解析が可能であるのだ。
「ああ、吐いてやるとも」
ダンテは、そう言って笑った。人を食ったようなその余裕ある様子に、魔術的に周囲を警戒したマゼンタ。
「貴様が死んだらな」
銃声。赤毛の魔女は、反応が出来なかった。それは、背後から放たれたものだったからだ。マゼンタは振り返った。そこには、ダンテのプライベートジェットが着陸していた。タラップから、兵士が降りてくる。最初に降り立った一人が、マゼンタを狙撃したのだ。
緋色―自身の髪の色よりも赤い色が、彼女の足元に広がっていく。『魔術師の弱点は、魔術以外の探知を疎かにすること』。海咲の師匠の言う通り、彼女は殺気を感じ取れず―そしてまんまと狙撃された。
膝から崩れ落ち、マゼンタは倒れた。消え行く意識の中で、彼女は思った。やはり、自身の仮説は間違っていなかったのだと。
先日イリスに到着した、ウルタール発メタブルー入りの『例の旅客機』。彼女がサーベイした資料には、ウルタール発のフライトスケジュールが含まれていた。その空路は開拓されてからまだ日が浅く、利用客も少ないことから、凡そ月一でしか運航されていない。そしてダンテのプライベートジェットを除けば、直近の往路便は三週間前。そしてウルタール人のビザでは、イリスに二週間以上滞在できない。復路の便が出る二週間後に、折り返す他ないのである。
何故、誰も気が付かなかった。『滞在日数の計算が合わない』のだ。そもそも、ウルタール人がイリスにいることが、間違っている。
そして極めつけは―『全ての乗客が、メタブルーに入れ替わっていた』。ウルタールに帰った乗客は、全員がメタブルーであった。では、消えた『本当の乗客』は何処に行ったのか。メタブルーの腹の中―否。彼らは全員、自身の死を偽装して―イリスの街に潜伏していた。そして、プライベートジェットには武器が満載されていた。無論、彼らがイリスでテロを起こすための、武器である。
ヒュージ・メタブルーによるプラント襲撃も含め、全てが自作自演。エネルギープラントを占拠するために、ダンテが描いたシナリオであった。
「そういうことで、合っていますか?」
プライベートジェットが、爆散する。カルキノスが、ハサミからレーザーを射出し、エンジンを焼き切ったからである。驚いて逃げたウルタール人兵士は、巨大な蛇に頭から丸呑みにされていく。立て続けに銃撃音が響き、そしてすぐに静かになった。燃え盛る火炎を掻き分けて、九つの首を持つ蛇と、星座に上り詰めた大蟹のシルエットが揺れる。二つの影はゆっくりとした足取りで、ダンテに迫る。
「貴君にも知られていたか、ヒドラ殿」
「マゼンタくんから聞きましてね」
そうか、と彼は頷いた。そしてダンテは、ローズを呼んだ。すっと、音もなくローズが現れる。彼女の手の中には、大きなリモコンが握られていた。
「それは?」
「爆弾の即時起爆スイッチだ。炉を含め、この施設全体に仕掛けてある」
ちる、とヒドラは不愉快そうに舌を伸ばした。エネルギープラントは稼働中だ。もし炉がメルトダウンを起こした場合―周辺の土地全てが消し飛ぶほどのエネルギーが、一挙に開放されることになる。
「それ以上近付いてくれるなよ。私の目的は、これの起爆そのものだ。今すぐに、高天原地区を吹き飛ばされたくないだろう?」
不遜に笑った彼に、ヒドラは柳眉を逆立たせた。




