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19話 不吉な赤い空

 崩れゆくメタリック・ブルーの粘液を横目に、すぐさま被害状況の確認が行われた。うわんたち数名が死亡、数十名が重軽傷、機材はほぼ壊滅、と言った被害状況が報告され、ヒドラ副部長は溜息をついた。特に、公安部隊のダメージが大きく、アストライアはヒドラより更に頭を抱えているようであった。


 海咲に吹き飛ばされたいなりの状態は、全く問題なかった。彼女は殆ど無傷に近く、自身の幸運を喜んでいるようであった。


「死を覚悟したよ、ありがとう」


「本当に素敵でした。最高です。明日も生きていけます」


「突然なに?」


 いなりとマゼンタにそう褒められ、海咲は御満悦であった。可愛い上に火力もある、ソーシャルゲームならティアワン人権キャラ―などと、彼女は自画自賛していた。


「お疲れ様でした、皆さん。怪我はありませんか?」


 他の八つの頭で並列に仕事をしながら、海咲たちに向けてヒドラが頭を伸ばした。


「全然。元気です」


 そう元気よく返事をした小狐は、今まさにマゼンタの回復魔術によって小さな擦り傷を全快したところであった。彼女たちの様子に、ヒドラは一安心したようだ。学生の身を預かっている以上、彼女たちの安全には少なからず気が払われていた。流石に人死を出したとあれば、来年以降のインターン生確保に影響が出るから―という本音はさておき、彼は怪我人を出さなかったことに胸を撫で下ろした。


「すみません、止めを任せてしまって」


「いいってことです。アイドルの方程式は、可愛さ×愛嬌=破壊力です。観客席の最後尾まで、射程圏内ですから。ばきゅん」


「うっ」


「あ、また死んだ」


 海咲の投げキッスに、また一人犠牲者<マゼンタ>が増えた。和やかなその様子に、ヒドラは微笑んだ。


 その時。ヒドラの懐で、携帯電話がけたたましく鳴り響く。彼は首の一つでそれを器用に取り上げると、別の首で画面の通話ボタンをタップする。


「はい、ヒドラです。はい、はい。…ふむ」


 電話の相手は、狩人―アタランテ。海咲たちの先輩に当たる、執行部のエースである。作戦の確実な遂行のため、彼女は巨大メタブルーへの対応は行わず、高天原地区の繁華街地下でメタブルーの駆除を行っていた。


 アタランテの報告に、彼は作戦の完遂に心做しか緩んでいた表情を強ばらせる。どうやら、また事件が起きたようだ。海咲たちはそれを察して、ヒドラの顔色と反応を伺った。彼は通話を終えると、三人に向き直る。


「メタブルーの一団が、アダチタウンの地下に現れたようです。何匹かは仕留めたそうですが、残りは此方に向かっている様子とのこと」


 彼はメタブルーの死骸に目をやった。地面に落ちた粘液の一部は、まだ辛うじて蠢動していた。彼らメタブルーには、何らかの伝達手段があるようだ。恐らくは仲間の危機を感じ取り、救出或いは報復に臨もうとしている可能性がある。


 海咲は背後を振り返った。此方の状況は、芳しくない。公安は死屍累々だ。ダンテの軍隊は無傷だが、それでも鉛玉の効かない相手と戦うには心許ない。


「海咲くん、いなりくん。機動力のある者で、戦力になるのは御二方だけです。対応をお願いできますか?」


 二人は顔を見合わせて頷いた。私は、と小首を傾げたマゼンタには、どうやら別の仕事があるようだ。


「今は一人でも治療魔術を扱える術師が必要です。マゼンタくんはここに残り、怪我人の治療を」


「心得ました。海咲さん、いなりさん。頼みましたよ」


 マゼンタの激励に、海咲は力強く頷いた。彼女は箒―震電を展開すると、機首の方にいなりをちょこんと座らせる。そして自身は、いなりを包むようにして震電に跨った。


「こ、これ安定しなくて怖いんだけど。私鳥に化けるからいいって…」


「大丈夫、すぐ気持ちよくなる」


 何の話、と怪訝な顔をしたいなりを他所に、海咲は空に飛び立った。振り落とされまいとしがみつくいなりをからかうように、海咲はくるりと一回転した。


「ばか!!!やめろぉー!!!」


 遠心力に振り回されたいなりは、情けなく絶叫すると箒にしがみついた。その様子を見て、海咲はにやにやと笑った。大人のオスでも泣き叫びたくなるのだから、小さい狐なんてぎゃんぎゃんに泣いてしまうだろう。


 そういう動きを心掛けていきたい。


「落ちる、落ちるってば!!ばか!あほ!鳥頭!」


 幼稚な暴言を無視して、海咲はアクロバット飛行を続けた。次はトリプルアクセルからのトリプルサルコウ、と震電の柄を軸にぐるぐると回りながら、海咲は震電の機首をつついた。度重なる改修(伝統の蹂躙とも言う)によりハンズフリー通話機能までが搭載された魔女箒から、凛とした女性の声が響く。


「こちらアタランテだ。花崎か?」


「そうです。先輩、今どちらに?」


 いなりの絶叫は、ノイズとしてフィルタされているようであり、アタランテはいなりの惨状については一切気付いていないようであった。


「座標を送る。連中は分散しつつ、ヒュージ・メタブルーが通過した道程をそのまま北進している」


「確認します」


 海咲は空中で急制動をかけると、悠長にスマホを取り出した。いなりは気絶した。


 共有されたレーダーには、赤い点が複数。避難を終え、人気の絶えた区画に残る生命は、メタブルーを除いて他にない。彼らの姿は、探知魔術により暴かれていた。


 メタブルーたちは互いに距離を取り、一網打尽にされないように行動していた。そのため、走力においては右に出るもののないアタランテでも殲滅は難しかった。


「開けた場所まで誘導する。ここで挟撃しよう」


 地図上で赤く点滅したのは、山間の崖下。衛星写真に拠れば、崖を越えるためにヒュージ・メタブルーが暴れたようで、周辺の木々が薙ぎ倒され広場のようになっていた。確かに、見晴らしのよいここなら、メタブルーを逃がしにくいだろう。


「承知しました。現場に向かいます」


 気絶してがくんがくんと揺れるいなりのことはそのままに、震電を吹かす。魔術的に柄と吸着したいなりの体は、加速度がかかっても振り落とされることはなかった。


 海咲は崖の上に降り立つと、周囲に探知魔術を展開した。霊子の波動が、生命から漏れる微弱な魔力をゆらぎとして曝け出していく。幸い、メタブルーはまだ現れていないようだ。


「いなりちゃん、仕事だよ、仕事。何寝てんの」


「んあ」


 海咲に小突かれて、いなりは電源が入ったように急な動きで起き上がった。彼女は周囲を見回すと、地面によろよろと降り立った。そして、迷いなく海咲の顔面に右ストレートを叩き込む。


「殺すぞ!」


「ママ、そういう言葉遣いは子供に悪影響が…」


「黙れや!」


 腰の入った鮮やかなパンチは、海咲の顔面を正確に打ち据えた。海咲は頭痛を感じて、こめかみを押さえた。当然のこと、いなりのパンチが効いた訳では無い。


「…来た」


 海咲の探知魔術は、頭痛によるフィードバックというリスクを負っている分、精度が高い。刺すような痛みは、彼女の領域に敵が入り込んだ合図である。


 崖下に、半人半馬の一団が現れる。彼らは、皆ケンタウロスに化けているようであった。崖を前にして迂回を試みた彼らの前に、海咲はひらりと降り立った。彼女はいなりを片手に、崖を飛び降りたのだ。予告のない紐なしバンジーにより、いなりはまた意識が飛びかけた。


「どうも、奇遇だね」


 両手にワルサーを構えた海咲に、メタブルーたちは動揺したようであった。容赦なく引き金に指を掛けた彼女を見て、一匹のメタブルーが叫んだ。


「聞けい、聞けい!」


 叫ぶ声は、必死だった。古風な言い回しに「文豪でもコピーしたのかな」と笑った海咲は、一先ず銃を下ろした。


「何、悠長に話を聞くの?ちゃんみさ」


 メタブルーの天敵―うわんに化けていたいなりは、振り返って顔を顰めた。


 それにしても『うわん』以外の言葉を話すうわん、新鮮だな。人語を解する猫みたいだにゃあ。そう思いつつ、海咲はいなりの言葉に答えた。


「メタブルー一匹が命をかけて我々に訴えてるから」


 くつくつとそう笑った海咲の前に、アタランテが現れる。黒く美しい獣のような肢体に、鮮やかな金色の髪。野趣と優雅さを同居させた狩人は、矢をメタブルーに向けた。その鏃は着弾と同時に高周波を炸裂させる、急造の特別仕様であった。


「どうか聞いてくれ、この通りだ」


 そのメタブルーは、するすると姿を変える。海咲はその姿に見覚えがあった。何故なら、花崎海咲の十七年間の人生で、ずっと共にあったカタチであるからだ。


 海咲自身の姿をとったメタブルーは、そのまま地面に頭を擦り付けた。その様子に、いなりは思わず笑ってしまった。


「もしかして私、煽られてる?」


 ぎゃはは、と傍らで腹を抱えて笑ういなりを横目に、海咲は苦笑した。


「貴君らの文化で、最上位の誠意を示す姿勢と聞いた。間違っていたらすまぬ」


 古風な言葉のまま、メタブルーは再び頭を下げた。自分の土下座姿は新鮮だ。何せスタイルが抜群だからな。いけないいけない、自分の情けない姿に、何かちょっと興奮してきてしまった。これはマゾヒズムなのか何なのか、私には自分を虐めたい願望があったのだろうか。我が身可愛さ(完全な誤用)に、水仙(ナルキッソス)にでもなってしまいそうだ。何にせよ、気を取り直して。


「…ええ、ごほん。誠意は伝わった。だからその可愛い顔を見せて」


 海咲(本物)にそう言われ、面を上げたメタ・海咲。海咲(本物)はその顎に手を添えて、くいっと持ち上げてやる。


 ほらみろ、この顔よ。我ながら自分の顔が好き過ぎるな。可愛すぎて食べてしまいたいくらいだ。共食いになってしまうかもしれないけど。


「困った、何言おうとしたか忘れた。ちょっと魅力的すぎるな、私」


「花崎、そこを動くな。お前ごと吹き飛ばすから」


 アタランテにそう言われ、海咲はくすくすと笑った。危うく我が子を食らうサトゥルヌスならぬ、我が身を食らう花崎海咲になってしまうところだった。その場合はウロボロス花崎に改名する必要がある。役所に行くのは面倒だな、などと海咲は思った。


「手短に話して。私が許しても、先輩が許してくれないみたい」


 海咲に言われ、メタブルーはこくりと頷いた。流暢な言葉が、メタ・海咲の口から紡がれる。


「単刀直入に。我々にエネルギープラント襲撃を命じた男について―話したい」


「襲撃を―命じられた?繁殖のために襲ったのではないの?」


 マゼンタの仮説によれば、彼らは繁殖に多大なエネルギーを要する。彼らはイリスの送電設備から電気エネルギーをくすねて少しずつ増え、そして大繁殖の為にプラントを襲撃した。論理的に破綻はしていない、海咲もその説を支持していた。


「違う」


 しかし、メタ・海咲は頭を振った。命乞いの言葉でなく、何らかの情報を齎してくれるのであれば、聞く価値がある―海咲たちはそう判断した。彼女たちは、メタブルーに纏まるよう命令した。もしメタブルーが隙をついてアクションを起こそうとした時に、すぐさま一網打尽にするためである。その様子を確認して、アタランテは弓を降ろし、一先ず弓の弦を撓ませた。


「確かに我々は生命活動のために多量のエネルギーを摂取する必要があり、卵の孵化には膨大な熱量が必要になるが―危険を冒してエネルギープラントを襲う意味はない。今は、繁殖期ではないからな。我らは全員、ウルタールから連れて来られたのだ。そしてとある男に命令され、プラントに攻撃を仕掛けた」


 メタブルーの言葉に、海咲といなりは顔を見合わせた。イリスで増えていない―となれば、大量のメタブルーが秘密裏に持ち込まれていたことになる。そして、彼らを密輸できるルートは、ウルタールからの定期便だけ。


 地獄の入口―閻魔町にて、マゼンタ・デエーが立てた仮説。海咲は、それを思い出した。嫌な予感がする。ここに、『二人』で来たのは失敗だったかもしれない。子供のように駄々を捏ね、意地でもマゼンタを連れてくるべきだった。


「男の名は、ダンテ。ウルタールの、陸軍大佐だ」


 傾き始めた太陽。空は、不吉な血の色に染まり始めていた。




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