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16話 その聖歌隊は音響兵器

 『オペレーション・ワム!』。例によって副部長ヒドラのセンスによって命名されたその作戦の内容は、非常にシンプルだ。


 メタブルーの進行方向が分かっているのであれば、そこで待ち伏せるのが得策だ。そして彼らは、イリス市民への被害を考えず、徹底的にメタブルーを攻撃することにした。


「ふぉっふぉっ」


 エネルギープラント前の広場に設置された仮本部。緊急時の避難先として設けられた広々としたグラウンドには、所狭しと機材が搬入されている。


 そして、その中心に配置された『お立ち台』で、老いた甲殻類が演説をしていた。


「ふぉーっふぉ」


 ハサミをぱちぱちとやりながら、彼は眼下の妖怪たちに指示を出す。


「ふぉーっ!」


「…以上、よろしいですね?」


 執行部副部長ヒドラの確認に、鬼のような姿の妖怪たちは、一斉に返事をした。


「「うわん!!」」


 テントの外から響いた高い声に、海咲は耳を押さえた。耳鳴りのように、きーんとした音が耳の中で暴れ回る。


「なぜ我々には鼓膜があるのか…」


 海咲とて音楽は好きだが、今だけは話が別だった。生存競走のため、敢えて音を拾うように進化した、自らの祖先に恨み節を述べつつ。もう一発、音波砲が来そうな気配がして、海咲とマゼンタは聴覚保護魔術を行使する。案の定―ソプラノよりも更に上、周囲の芝生すら逆立つような高音で、特大のコーラスが響き渡る。


「うわん!」


 妖怪、『うわん』。古い屋敷などに住み着く妖怪で、夜間に大声で『うわん』と叫ぶ。小豆洗いなどと同じ、『正体の分からない不気味な音』から生まれたとされる妖怪である。うわん、と叫ぶだけの彼らであるが、その声量は人外のそれである。その轟音を魔術的、科学的に増幅してぶつけてやろうと言うのだから、副部長も恐ろしいことを考える。因みにイリス全土から掻き集められた『うわん』部隊の中には、入国管理局の守衛の姿も見えた。


「うわんに掛けてオペレーション・ワム!なんだろうけど、それならオペレーション・ラストクリスマスの方がオシャレじゃない?」


「今は夏ですよ、海咲さん」


「シ、シドニーは今頃雪で真っ白だし」


 何の話ですか、とマゼンタは呆れたように笑った。彼女たちは現在、機材の配線を手伝っていた。広場を端から端まで、ケーブルを敷設する作業である。幸い、エネルギー源と変電設備は真後ろにあり、電力には事欠かなさそうだ。三つ穴のコンセントにケーブルを差し込んで、海咲は額の汗を拭った。


「おいなり、大丈夫?」


 昼下がりのじりじりとした太陽に、鼓膜を引き裂くような大音量。得意とする妖術と比べて魔術がおざなりな妖狐は、ぐったりとしていた。


「たすけて」


 か細い声で呟いた彼女に追い打ちをかけるように、再び聖歌隊<うわんたち>が叫んだ。発声練習にも余念が無い、正にプロフェッショナルだ。


「ひぃ〜」


 耳が常人の二倍の数ある九尾の狐には、この大音量は応えるだろうな。海咲は、いなりの耳にプラスチック製のメガホンを被せてやる。尖った狐耳は、メガホンにすぽっと納まった。


「これでちょっとマシかな?」


「ありがと。効果の程はともかく」


 海咲はうんうん、と頷いた。そしてするりと動いていなりの頭上、メガホンに口を付けた。


「うわん!」


 耳元で叫ばれたいなりは、反射的にメガホンを二つ抜き去ると、海咲の顔面に叩きつける。


「殺すぞ!」


 両手に双剣のようにメガホンを構え、ふしゃー、と海咲を威嚇した、いなり。一連の流れを無表情のまま眺めていたマゼンタは、海咲に駆け寄った。


「海咲さん大丈夫ですか?」


 呻いた海咲の顔は、ただただ可愛らしいだけであった。ただしメガホンは少女の両目を直撃したようであり、彼女は無様にのたうち回っていた。


「前が見えねぇ」


「頭が大丈夫か聞いたんですけど」


 心配はしてくれていないようである。マゼンタはこういう所がある。もし恋人に言われたら私は泣いていると思う。


 そうこうして遊んでいると、テントの外からダンテの話し声が聞こえてきた。


「ジェットは一先ず、プラントのヘリポートに停めさせていただいた」


「承知した。すまない、不便をおかけする」


 彼は公安の長―女神アストライアの指示の元、プライベートジェット搭載のスタングレネードによる、メタブルーへの攻撃試験を実施していた。結果は上々、メタブルーはスタングレネードの炸裂を受け、外殻の一部を損失した。剥がれ落ちた青い粘液体はぴくりとも動かず、恐らくは壊死したものと判断された。


 ただし、スタングレネードの瞬間的な音波では、メタブルーに効果的なダメージを与えられたとは言い難い。同じ位置に複数個継続して命中させて漸く落とせたのが、表皮一枚という訳である。


「スタングレネードによる効果は確認された。執行部の発案には懐疑的だったが、さすがと言っておこう。未知の生命に対する洞察力の高さは賞賛に値する」


 凛とした声は、女神アストライアのものだ。その傍らには、ヒドラ副部長の姿もある。


「恐れ入ります。ところでアストライア様、公安部隊による避難誘導はいかがでしょう?」


「滞りなく。既に人払いは済ませた」


 そうですか、とヒドラは頷いた。含みのある様子に、彼女は何かを察したようだ。


「執行部はとんでもない『隠し玉』を手にしたようだ」


「ええ、それはもう」


 やり取りが終わったことを確認して、ダンテは二人に声をかける。


「御両人。今回の防衛戦、我々ウルタール陸軍にも協力させていただきたい」


 彼の提案に、ヒドラは九つある首のうち、過半数で首を振った。


「いえ、ダンテ大佐には、プライベートジェットにて空港に戻り、機内で待機していただくつもりです。万が一があっては外交問題になりかねない」


「前には出んよ。エネルギープラント前に陣取るつもりだ。仮に最後のひと押しが必要になった場合、ウルタール製スタングレネードの使用に成熟しているのは我々だけだぞ、ヒドラ殿」


 ダンテの言葉に、アストライアは頷いた。


「ダンテ殿の仰る通りだ。軍が間に合わない以上、今は猫の手も借りたい。私は、ダンテ殿の申し出を断る理由はないと思うが」


「私は反対です。エネルギープラントはイリスの中枢ですよ、機密保持もしなければならない。それを部外者に守らせるなどと」


 不躾にもそう言い放ったヒドラに、ダンテは熱弁した。


「何を言う。中枢だからこそ、我々が護らねばならぬのだ。これは、我が国の威信をかけた戦いでもある」


 ヒドラ副部長はまだ何か言いたそうであったが、ダンテの熱意の前に、結局彼は折れたようだ。ダンテは満悦な様子で、ローズに指示を出していた。


 そのタイミングで、サイレンが鳴り響く。リハーサルが始まるようだ。


「おいなり、マゼンタの近くに。耳吹き飛ぶよ」


「うう」


 助けてクレメンス、と力なく呟きつつ、いなりはマゼンタの横に寄り添った。ゐづないなりは身長百五十センチほど、マゼンタはもう少し小さい。並んでみると、まるで姉妹のようで可愛らしい。そんな二人の小さい方、マゼンタは、いなりにも聴覚保護の魔術を使ってあげた。


「ふぉっふぉ」


 カルキノス部長によるありがたい(?)話の後、カウントダウンが始まる。


「ふぉー、ふぉー、ふぉー」


「ずっと四じゃない?」


 耳を塞いでいた両手を離し、呆れたように突っ込みをいれた海咲は、すぐに後悔することになった。『うわん』という声。正確には、言語としては認識できないほどの極大の高音が響き渡った。モスキート音よりは低く、しかし黒板を引っ掻くよりは高い音。大地を揺らすほどの大音量で放たれたそれは、海咲の聴覚保護魔術をものともせず、彼女の鼓膜をぷつりと破壊した。


「いっ」


 声にならない悲鳴を上げながら蹲った彼女に、マゼンタは聴覚保護魔術を付与した。海咲のものより数段高精度なそれは、うわんたちの歌を完全にシャットアウトする。


「ど下手くそですか?海咲さん。才能ない人っているんですね」


「し、死ぬかと思った。ありがと、マゼンタ。好き」


「好き!!??!?!!」


 というか、何人か死んだのではなかろうか。何なら、時間差で今一人死んだし。


 予想だにしない推しのファンサで尊死した魔女を無視して、海咲は両耳を労わるように摩った。幸い―海咲の鼓膜は一瞬で再生したが、じんじんと痛む両耳に、彼女はそう思わざるをえなかった。


 再び、カルキノスの呑気なアナウンスが響く。どうやら、リハーサルは終わったようだ。幸い、音は高いため回折せず、周辺住民に対する影響は殆どなかった。しかし、スタッフの何人かはこの一撃で気絶してしまったらしい。


「これを間近で浴びせられるメタブルーには、同情するよ」


 担架で運ばれていく人々を一瞥して、海咲は苦笑した。




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