15話 『オペレーション・ワム!』
イリスの上空、百メートルほど。海咲の眼下には、火の手の上がった街並みと、背中に鰭を有する巨大な二本足の怪獣。怪獣―メタブルーは上空を滞空する宇宙船に見向きもせず、目の前の建物を破壊していた。否、メタブルーはどうやら、闇雲に建物を破壊しているわけではないらしい。怪獣はゆっくりと、しかし確実に―『真っ直ぐ』進んでいた。
「マゼンタ、メタブルーの進行方向には何がある?」
「こちらの建物が見つかりました」
あまりにも有能すぎる魔女は、いなりに尋ねられる前には質問の答えを得ていた。マゼンタはアシスタントAIのような口調で、いなりにスマートフォンの画面を見せた。
「高天原地区の真ん中―エネルギープラント『プロメテウス』です」
エネルギープラント『プロメテウス』。魔女の返答に、いなりと海咲は顔を見合せた。もし仮にメタブルーがエネルギープラントを攻撃した場合、イリス全体に及ぼす影響は計り知れない。
イリスの実質的支配者である女神ヘラと天照の二柱であれば、夫或いは配下の雷神を酷使することを厭わないだろうが―問題はエネルギーに関することだけではない。
もし、地熱により高圧状態にある霊子炉が破壊されれば、制御できなくなった霊的エネルギーは破壊的な結果をもたらすことだろう。それだけは、絶対に阻止せねばならない。
「どうする?敵は此方に気づいてないし―私が一撃叩き込もうか?」
「独断は禁物です、海咲さん。社会人として」
「ごめん、可愛い口が滑った」
マゼンタに釘を刺され、海咲は素直に引き下がった。海咲自身もイリスにとっては大切な『駒』の一つだ。勝手に動いた挙句、いざと言う時使い物にならない―という事態だけは、避けなければならない。
「…まずは、副部長と合流か」
マゼンタはこくりと頷いた。海咲は、ヒドラ副部長がいる対策本部に向かうよう、ダンテにお願いした。
本部が設置されている公安所有のビルのヘリポートに着陸することになり、彼女たちは安全のため席に着いた。いなりはふと、背後を見回す。
ウルタール人の兵士たち。陸軍大佐であるダンテ麾下の部隊だ。軍人らしく虎や豹などが多い顔ぶれを眺めて、いなりは視線を戻した。
「…嫌だな」
愛らしいネコ科の軍人たちは―皆人殺しの顔をしている。『護衛』にしては、血腥い。爛々と光る瞳は、見覚えがあった。
「着陸だ。シートベルトは大丈夫だな?」
いなりの隣に座る、ダンテ。彼の瞳は、兵士たちと同じ輝きを放っていた。
数分もしないうちに、海咲たちはヘリポートに降り立った。船から伸びた階段を下ったダンテに対して、何人かの兵士が敬礼を向ける。ウルタール人兵士たちは、船に残った。彼らには、イリス国内に立ち入る権利がないからだ。
「お疲れ様です」
対策本部には、ヒドラ副部長を初めとした入国管理局の面々と、公安と軍隊の代表が集まっていた。
「お疲れ様です、副部長」
清潔で無機質な会議室の中には、様々な種族が忙しなく動いていた。その中の一人、両目を黒い布で覆い隠した浅黒い肌の老人は、海咲が部屋に踏み入れるなり溜息をついた。
「…ああ、『例の』か。インターン扱いじゃろ、使えるのか?」
「ふぉっふぉっ」
「確かに、手元に置いておくには良い『駒』じゃのう」
入国管理局執行部の部長―『スペース・ニンジャ』ことカルキノス部長は、老人の言葉に首肯した。彼らは長い付き合いのようであり、バベルの塔による自動翻訳を受け付けないカルキノスの言葉でも、意思の疎通が図れるようだ。
部長たち二人の顔を見比べるばかりだった海咲たちの前に、ヒドラがするりと割って入る。
「ダンテ殿。此方はイリスの防衛大臣、バロール殿です。そしてあちらが公安部の長官、アストライア殿です」
ひらひら、と手を振った老人。彼とは対照的に、公安を統括する女神は礼儀正しく席を立った。
「アストライアだ。協力に感謝する、ウルタールの友よ」
出された手を、ダンテは握り返した。
「ウルタール陸軍のダンテ大佐だ。こちらこそ、申し出を受け入れてくれたこと、感謝している」
挨拶も程々に、ヒドラは本題を切り出した。
「さて。例の巨大なメタブルー―ヒュージ・メタブルーとでも名付けましょうか―についてですが。対象は現在、高天原地区に向かって北進しています。このまま進路が維持されれば、エネルギープラントが打撃を受ける可能性があります」
「エネルギープラントか。ふむ」
ヒドラの言葉に、ダンテは頷いた。彼の含みのある態度に、女神アストライアは首を傾げた。
「何か気になることが?」
「いや何。仮に彼らデミ・ショゴス―メタブルーの目的が生殖行為であるのなら。なるほど、エネルギープラントを求める可能性は大きい」
「それはどういうことです?」
ヒドラの問に、ダンテはすぐに答えなかった。彼はマゼンタに資料を要求すると、何枚か捲り上げた。そして、彼はとあるスライドで手を止める。海咲がアップになっているスライド、採取した青い玉の写真が写っているページである。
「この青い玉。ダイラス・リーンの伝説によれば、これはメタブルーの卵であるという。しかし、我々は孵化の瞬間を目の当たりにしたことがない。これが、何を意味しているか」
返事を求めるかのように一同の顔を見回したダンテの背後。ぼそりと呟いたのは、マゼンタであった。
「孵化には莫大なエネルギーが必要、ということですか」
「左様。流石だ、マゼンタ」
ダンテは振り返り、首肯した。マゼンタは軽く会釈すると、言葉を続ける。
「…仮説ですが。メタブルーが発見された地下世界では、地熱その他のエネルギーには事欠きません。しかし、地上で同等のエネルギーを得るのは至難の業です。ところで最近、原因不明の停電が多いと思いませんか」
彼女の言葉に、海咲は頷いた。確かに、ここ最近停電が多いのは事実だ。そして、それが彼らの小規模な繁殖に用いられていると言うなら―辻褄が合う。
「なるほど、彼らはエネルギーを欲して、送電設備にちょっかいをかけたって、コト。そして今度は、大規模なえっち祭りを開催しようとしてるってワケ」
言い終わるか否かの瞬間に、海咲はいなりに小突かれた。言いたいことも言えないなり、つまるところ言論統制である。断固反対の意を表明したい。
「…ええ。その為に、彼らはエネルギープラントを攻撃して、一斉孵化のための膨大なエネルギーを得ようとしているのではないでしょうか。『本当に彼らの目的が、繁殖であるのなら』」
彼女は、最後の部分を強調し、ダンテの表情を伺った。対するダンテは、大きく頷いた。
マゼンタの言うことは尤もだ。現にメタブルーは、自身の卵を所持する反社会的勢力に『カチコミ』をかけてまで、卵を取り戻そうとしていた。彼らの目的が、繁殖である可能性は大いにある。
論理的な彼女の仮説に、決裁権を有するバロールも賛同の意を示した。
「魔女っ子の言うことも一理ありそうじゃの。今まさに奴らは増えている。エネルギーの探知はどう行っているのじゃろ、熱源探知に近いのであれば、誘導できるかの」
熱源探知。海咲は記憶を辿ってみる。先程のバスの中で、海咲が放った魔術弾は、玉虫色のアメーバとなったメタブルーに回避された。しかし、運転席の横に向けて高温で放ったレーザービームに関しては、メタブルーは撃ち抜かれるのみだった。仮に熱源を拾う能力があるのなら、チャージの段階で射線から逃れてもよいはずだ。
「無理かと。相手はエネルギープラント一つ分。糧を探しているのであれば、他には目移りしませんよ」
海咲の考察を他所に、マゼンタはそう言い放った。
「それに、恐らくは熱を拾っている訳ではなさそうです。エネルギープラントは霊子反応を用いた核融合炉です。所詮、タービンを回すためのお湯を沸騰させるくらいしか、熱は発生しません。しかし進行ルート上にあった火力発電所には、見向きもしていませんでした」
確かに、熱源が欲しいのであれば、火力発電所を襲った方が高温かつ手軽である。態々エネルギープラントまで移動して破壊するのは、手間の掛かる方法だ。
「では何故、エネルギープラントを狙う?」
アストライアに詰められ、マゼンタは口ごもった。
「それは…」
思案したマゼンタを、バロールが制した。
「まあええよ、そこは。誘導は難しい、執着の理由は謎。ここまで分かれば上出来じゃ。結局、迎え撃つしかないのだから」
「と、なると」
ヒドラ副部長の言葉の続きを、カルキノス部長が引き継いだ。
「ふぉっふぉっふぉっ」
「そういうことになるのお」
どういうことだよ、と海咲たち三人は顔を見合せた。
カルキノスが伝えたかったのは、至極単純な内容である。バロールよりも遥かにカルキノスと付き合いの長いヒドラは、九つの頭で同時に首肯した。
「…では、その線でいきましょうか」
どの線だよ、と海咲たち三人は顔を見合せた。
「それではこれより―ヒュージ・メタブルー撃破作戦、『オペレーション・ワム!』を発動します」




