14話 大怪獣現る!
「バスは!?」
変化はそのままで、叫んだいなり。海咲は、彼女の呼び掛けに応えた。
「たかが暴走バスひとつ!」
そう言い放ち、海咲はフロントガラスを突き破る。そして、動力を伝えるタイヤを撃ち抜いた。そのまま、震電の馬力を信じてバスに真正面から体当たりする。
「掴まってください!」
自身も叫びつつ、マゼンタは座席にしがみついた。防御魔術を使用して、頭を守って座席に隠れる。ダンテも、ローズを抱えて蹲った。
「私は!?!?!!」
急減速したバスの中。リアガラスに立て掛けられていただけの黒板が、車両前方に向けて吹き飛んでいく。道中きつね色の少女の姿に戻ったいなりは、海咲が開けたフロントガラスの穴から飛び出していった。
彼女の体を空中でキャッチすると、海咲は地面に降りた。
「おきつね大砲、無事?」
「おきつね危機一髪の気分だよ」
目が回ったのか、へたりと地面に座ったいなりを確認して、海咲は車内に戻る。マゼンタたち三人も、軽傷なようだ。
「どうにかなったね」
「ブレーキが壊れた時は、生きた心地がしませんでしたが」
マゼンタは回復魔術で、ガラス片で傷ついたダンテの体を癒しながらそう言った。ダンテは大きく溜息をつくと、ローズの方を見た。幸い、傷一つない様子の彼女は、炭化したメタブルーたちの死骸を見つめていた。
「…ねえ、何かおかしくなかった?」
「何が?連中が感じにくいってこと?」
自身が電動マッサージ器に化けたことを揶揄した海咲に、うるさい、といなりは口を窄めた。
「いきなりママの夜のお供に化けるからびっくりしちゃった」
「ええ…本当にあれをお使いなんですか…」
「使ってるけど本当にマッサージ用だわ。ちゃんみさ、もう二度と喋んないで。マゼ子が引いてんじゃん」
こほん、と彼女は咳払いした。その改まった様子に、海咲たち四人は、傾聴の姿勢を取る事にした。
「公安。警察が来てないんだよ。こちとら暴走車両だよ?いつもだったら即、一個小隊が突っ込んでくるよね?」
いなりの言葉に、海咲ははっとした。彼女の言う通りである。イリスの公安は、殆ど反社会勢力のようなものだ。義理と人情で話が進むだけ、ヤクザの方が優しいとも言える。トリガーハッピーな彼らは『制圧してから考えりゃええやろ』をスローガンに、見境なく被疑者を攻撃する生態の蛮族だ。当然、暴走バスなどは彼らの格好の獲物であるのだが、長らく走っていたにも関わらず、公安の助け(妨害とも言う)が入ることはなかった。
「確かに、変だね。ヤクザよりヤクザな人達なのに」
頷いた海咲に、マゼンタが提案した。
「…取り敢えず、副部長に連絡しましょう。公安に関しては、たまたま、通報されなかったのかもしれません」
だから、考えていても仕方がない。彼女はそう言葉を続けると、スマートフォンを取り出した。そして、絶句する。
「…どしたの?」
不審に思い、海咲といなりもスマートフォンを確認した。不在着信が、何件も入っている。
「何があった?」
そう問いかけたダンテに、海咲は写真を見せる。送り主はヒドラ副部長。送信時間は、十五分前。バスが暴走を始めた時間に近い。
なるほど、公安が現れないわけだ。いなりは食い入るように写真を見つめた。そして、背後を振り返る。街の方からは、煙が上がっていた。
視線の先。立ち並ぶ建物の間に、動く影。身の丈五十メートルを超える怪物が、イリスの街を闊歩していた。
「デカすぎんだろ…」
海咲はネットミームを擦りつつ、副部長に電話をかけた。一コールも鳴り終わらないうちに、彼は通話に出る。
「海咲くん、今どこに」
開口一番、切羽詰まった声色でそう尋ねた副部長に、海咲は簡単に経緯を話すことにした。彼女は他の四人のため、通話をスピーカーモードに切り替えた。
「ティル・ナ・ノーグ地区の入口です。バスに乗るなり、メタブルーに襲われて」
「…そうですか。怪我はありませんか?特に、賓客の方々」
海咲はダンテと視線を交差させる。彼はほぼ無傷であり少しあった傷もマゼンタにより治療されていた。そして付き人であるローズに関しては、傷一つない。
「私とローズは無事だ」
「だ、そうです。そちらの状況を伺っても?」
「百聞は一見に如かずと言うでしょう。迷いの森の入口付近なら、見えるはずです。街で暴れている巨大で品のない怪獣、あれはメタブルーです」
やはり、そうか。海咲たち三人は、顔を見合せた。先程のバスの中でのメタブルーの行動を思い返す。彼らは折り重なるようにして結合し、身の丈を超える巨大なゲル状の怪物<ショゴス>に姿を変えた。恐らくは、彼方に望む巨人も、合体したメタブルーが姿を変えたものなのだろう。
「公安が対応していますが―状況は芳しくありません。何をしても、攻撃が素通りしてしまうのですから。害獣駆除業者の罠に掛からなかったのも頷けます。鼠と同じ籠で捕らえようなどと―ザルで水を掬っているようなものです」
するりと籠から抜けていくメタブルーの姿を想像して、海咲は苦笑した。ちょっと考えれば分かると思う。でも知り合いのスライムは体を分割できないので、私も騙されそうだな―などと彼女は思った。
それにしても、だ。攻撃が素通りするのは、どうしようも無いな。公安警察の標準装備は、先程メタブルーが擬態していたライオットガン。対人戦においては制圧能力が高いが、打撃に近い方法で軟体動物を相手にするのは少々分が悪いのではないか。
海咲はふむ、と考え込むと―ぽむ、と手を打った。
「スタングレネードって配備されてるんだっけ?」
海咲の問に、いなりは首を振って答えた。
「多分ない。制圧するなら人質ごと撃った方が早いもの」
「世紀末すぎる。『ロスサントス』の方がまだ治安がいい」
「スタングレネード?」
海咲の考えが読めず、副部長は少女の言葉を反芻した。小狐は彼に自身の考察を聞かせる。
「連中、どうも高音に弱いみたいで。黒板引っ掻くレベルの高い音でも、ブーストかけて至近距離で浴びせれば、変化が崩れて致命傷になるようで」
「…なるほど、有益な情報ですね。しかし、あのサイズ感では―」
黒板一つでは、例え魔力でブーストしたとしても、メタブルーを無力化するだけの高エネルギーを得られないだろう。それこそ、スタングレネードで飽和攻撃でも仕掛けなければ、有効打は与えられないに違いない。
「…失礼。スタングレネード、というのは制圧用の手投げ弾のことかな?」
「さいです。投げると音のなるおもちゃです。当てがあります?」
ダンテは鬣を弄りながら、海咲に頷いて見せた。
「プライベートジェット内に備蓄がある」
「…何故?」
飄々と答えたダンテに、副部長が尋ねた。電話越しでも伝わるくらい―客人には失礼すぎるほど、威圧的な態度。海咲は、首を傾げた。今のやり取りの中に、不機嫌になる要素があるだろうか―。
―ある。断じて、ある。ダンテに気取られぬよう、海咲はマゼンタと視線を交わした。彼女も、副部長の怒りの種を察したようだ。
今回、タンポポ男はあくまでも協力者―あるいは監督役としてイリスを訪れたはずである。それはウルタール側の好意であり傲慢であり、間違っても他国で武力行使をするためではない。本来は軍人もいえど護身用以上の武器を所持するべきではないし、武器の持ち込みなど以ての外である。恐らくは、申告も何もしていないのだろう。
「常備薬のようなものだ。一個小隊を含めてな」
おまけに。このライオンマンと来たら、軍隊まで連れてきてしまったらしい。大物というか、なんというか。海咲は呆れたように笑うと、一応擁護をすることにした。
「でも、お陰でメタブルーを倒せるかもしれない。ね、副部長」
結果論ではあるが、海咲の言うことは尤もである。副部長は九つの首全てで大きく溜息をつくと、ダンテに語りかけた。
「…はあ。まあ、いいでしょう。管轄が違います。後ほど税関から然るべき抗議を受けていただくとして…。いつ頃空港に着きますか?プライベートジェットから荷物を運び出すには、貴方の許可が必要ですので」
「今からでも構わんよ」
ダンテの横で、いつの間にかローズは八角形の携帯型端末を操作していた。層状に広げられた端末を閉じると、彼女は懐に仕舞う。同時に、周囲に風が吹き始める。
聞き慣れない駆動音に、海咲たちは空を見上げた。そこには、熱帯魚を思わせる優美なプライベートジェットが滞空していた。
「さて。我々も、現場に向かうとしよう」
不敵に笑ったダンテを他所に、電話越しから大きな溜め息が響いた。




