12話 鬼に金棒、地雷系に拳銃、死人に暴走バス
閃光。海咲の手から放たれた光が、車内の空気を焼き焦がす。それは玉虫色の粘液体を貫通して、ライオットガンを構えた男の額に風穴を開けた。しかし撃ち抜かれた白亜の兜は、煙を吹きながらも元のつるりとした表面に戻っていく。海咲が開けたのは、たった数十ミリの穴一つ。それでも十分致命傷だが、粘液状の体には効果が薄いらしい。
点で駄目なら、面で。目の前の玉虫色に向かって、海咲は散弾を斉射した。バス内壁に内接するような口径で放たれたそれを、メタブルーは器用に回避してみせる。バスの四隅―角張った部分に体の全てを収め、魔術弾を素通りさせる。これには、海咲も意表を突かれてしまった。
「参った、擬態元より賢いな」
『ショゴス』。幻夢境の地下世界や現世の南極大陸に生息する、玉虫色の原始生物である。アメーバに似た粘液状の体を持ち、頑強だが知性のないプリミティブな奉仕種族として知られている。
そして、『メタブルー』はウルタールでは『デミ・ショゴス』と呼ばれている。それは、彼らの性質が似通っているからだ。
通常、ショゴスも簡易的ながら擬態能力を有している。原始的な細胞から構成される彼らの体は、必要に応じて様々な感覚器官を即座に構築できる。
しかしメタブルーの場合は、感覚器官のみならず、ありとあらゆる物体を構築することが可能であった。
お返し、とばかりに。メタブルーの体表に、ライオットガンが浮かび上がる。その数、凡そ百丁。体表から所狭しと突き出した銃身は、その全てが海咲を睨んでいる。
矢面に立つ海咲は、エーテルで編まれたワルサーを霧散させると、両手を上げた。降参するような素振りを見せた彼女は、ちろりと舌を出した。そして、ぎゅっと吊革を掴む。
バス前方、曲がり角。ダンテは咄嗟に、ローズを庇って手すりにしがみついた。
メタブルーがライオットガンを斉射する、その瞬間。
「左に、曲がります」
車内に、無機質なアナウンスが響く。過剰な速度でカーブに突入したバスは、破壊的な遠心力を伴いながら旋回した。
体幹など一切ない、ゲル状の体を広げていたメタブルーは、壁に叩きつけられた。銃の形を維持できず、弾丸は発射されなかった。
依然として、バスは停車していない。運転手は、ハンドルをしっかりと握りしめ、開ききった瞳孔は、しっかりと進行方向を睨んでいた。
「ありがと、マゼンタ」
「光栄です、モン・ソレイユ<私の太陽>」
海咲の背後、帽子の下から冷たい視線を覗かせたのは、マゼンタ・デエー。彼女の手には、半透明の鎖が握られている。それは細く長く車内に伸び、運転手の胸元に巻き付いていた。
『死霊術』。『死人』を呼び寄せ、使役する。フランスに長い歴史を持つ魔女家系『デエー』の、お家芸である。
「…皆さん、残念なお知らせが」
マゼンタは支配下に置いた運転手の死体に、乱雑にブレーキを踏ませる。そして芝居がかかったように大袈裟な素振りで、マゼンタは溜息をついた。
「散弾に当たって壊れたようです。ブレーキとアクセルのペダルが両方死んでます」
そして彼女は、飄々と両手をあげて見せた。
「申し訳ありません。生きているなら、蘇生できるのですが」
マゼンタの冗談に、海咲はくすりと笑った。船に魂が宿るのなら、バスにも宿ると思うんだけどな―などという彼女の考えは、体勢を建て直したメタブルーによって掻き消されてしまった。
触腕を振り回した玉虫色の粘液を、海咲は蛇腹状に編まれたエーテルの剣でたたき落とした。千切れた粘液は窓ガラスにびしゃりと広がり、本体に合流していく。
「ちゃんみさ、こいつはこっちで受け持つよ。奥のやつどうにかした方がいい」
いなりに言われ、海咲は頷いた。公安の白い鎧に身を包んだメタブルーは、まだ運転手の真横だ。仮に運転手の体が細切れにされてしまった場合、暴走バスによる大事故が起こる可能性がある。
「おけ、セクシーに対応するよ」
だん、と床を蹴り上げて、海咲は玉虫色の粘液に飛び込んでいく。突然の投身に対しても即座に反応したメタブルーであったが、翼に変形した震電で体を包み込み、文字通り赤熱する砲丸と化した彼女の前では、脆弱な膜にしかなり得なかった。
「…ちっ、車線変えます!」
その刹那、遠くに赤く点灯する信号が見えた。目の前には車列。ブレーキがない状態では、大事故となる。
マゼンタは、一か八かの賭けに出た。セントラルには、一部の区画でバス専用のレーンがある。彼女は、そこに飛び込んだのだ。地面と垂直―セントラルの建物の外壁に貼り付けられた、アスファルトの道に。
「…オートじゃなかったら大事故でしたね」
「荒い運転には慣れているがね。もう少し安全運転で頼むよ、マゼンタ」
ローズを抱き締めていたダンテに、マゼンタは謝罪した。彼女は賭けに勝った。壁と車体が接触する瞬間。オートメーションでバス側面に突き出した六本足が床を蹴り上げて、車体は九十度傾いた。そして、壁に貼られた道に着地する。土星由来の重力操作技術により壁にぴったりと張り付いたバスは、そのまま誰もいない専用車線を駆けていく。
因みに、車線変更に合わせて、車内の内装は大きく回転した。壁に楔を打っていたメタブルーは、再び遠心力によって振り回される。渦をまくように、玉虫色の粘液が床に叩きつけられた。ぱしゃりと広がった粘液は、いなりの放った青白い狐火によって焼き焦がされていた。
そして海咲は、運転席横のメタブルーの前で翼を格納すると、厚底ブーツで蹴りを見舞った。彼はそれを左手の装甲で制したが、所詮は粘液で形だけ模倣しているだけの代物である。ブーツの角に蹴飛ばされた左手から、ぱしゃりと粘液が弾け、フロントガラスに飛散する。
負けじと、彼はライオットガンを持ち上げた。海咲は、その銃口にワルサーを差し入れた。並外れた反応速度と動体視力は、身体強化魔術の賜物である。銃弾が撃ち出されるよりも先に、海咲はライオットガンの内部に魔術弾を炸裂させた。ライオットガンから侵入した、数珠のように一繋ぎになったその弾丸は、メタブルーの体内で順に爆発する。
破裂したメタリック・ブルーの粘液から、海咲は翼で体を守った。最終的に両足だけになったメタブルーは、溶けて消える。
「やったか?」
それは『フラグ』だ―などと自嘲する間もなく、メタブルーは再結合していく。どうやら、全て焼却しないといけないらしい。
「さて、どうしようか…うわっ!」
進行方向に、別のバスが見えてくる。こちらのバスの時速は、八十キロ。制御出来ない速度ではないが、衝突すればどちらも無事では済まされない。
「…ちっ!」
自身は触腕を伸ばしたメタブルーに氷属性魔術を放ちながら、マゼンタは傀儡に指示を出した。不凍液であるメタブルーに氷属性魔術の相性はイマイチであったようだが、どうにかハンドルを回す隙は稼げた。
甲高い音を立てつつ、バスは再び地上の道路に降り立った。推奨使用速度を大幅に超過した状態で使用された、垂直車線変更用の機械足は、悲鳴を上げるように軋んだ。




