10話 三途の川線 上り
その後。海咲たちは、再び電車に乗り込んだ。そして、ぷるぷると揺れる饅頭をテーブルに置く。
「まず。裏返しにして、ちょっと裂きます」
「ほう」
いなりは饅頭を裏側に返して、柔らかく濡れた面に割れ目を入れた。
「上側の方が固いんですよ。下から蒸されてるんで。なのでひょいと裏返してやって、このままちょっと冷まします」
ふんふん、とダンテは頷いた。饅頭の割れ目からは、まるで活火山の溶岩のように餡が煮立っていた。一目瞭然である。このままでは、到底口に入れられるものではない。
「五分くらいしたら食べ頃です。とてもじゃないですけど、食べ歩くもんじゃないんですよ、これ」
地元民ならではの解説をすると、いなりは呆れたように笑った。買った直後にかぶりつけば口内の火傷は免れず、下から餡が噴き出せば勿体ないことになる。長年研究が続けられた結果、現在ではこの食べ方が最適解とされていた。
「そうか…このような手順で食するものだったとはな。店主も黙って渡すとは。冷たいな、地獄の民は」
猫舌を直接炙られるような苦痛を味わったのだろう。恨み節を垂れながら、彼はこつこつ、と机を爪で叩いた。
「まあ、あの辺のヤクザのシノギですからね。あちらさんは売れればいいんですよ、そんなもんです」
そう言いながら、彼女は手際よく全員分の饅頭を処理してくれた。流石は、我らのママだ―と、海咲は思った。
「ありがと、ママ」
「ママチガウ」
何故か片言で、小狐は抗議した。そんな彼女のレクチャーが聞こえてきたのか、観光客らしき周囲の人影が、ちらちらと此方を見ていた。
「いなりちゃん」
注目されてるよ、と。海咲はジェスチャーで伝えた。
「…ごめん、ちゃんみさ。もう少し静かにするよ」
そう謝罪すると、いなりは饅頭を包み紙にくるんで持ち上げると、かぷりと齧った。
彼女の言葉に、マゼンタは小首を傾げる。そんなに、大きな声は出してないと思うのだが。
「予定を変えて、次の次で降りましょう。饅頭を食べなきゃなので」
一口食べると、いなりはそう言った。彼女は、ダンテとローズにも饅頭を勧める。
「そうか。承知した」
いなりの動作を真似て、ダンテも饅頭を口に運ぶ。その様子をさり気なく―しかし確実に。周囲の人影が、見張っていた。
地獄名物―閻魔の釜茹で饅頭を食べ終えた彼女たちは、本来の駅の一つ先、終着点である『バベルの塔駅』で降車した。イリス近郊に住む全生命体の言語を自動翻訳する役割を持つその塔は、どこまでも天高く伸びていた。
地下の人混みを掻き分けながら、いなりと海咲は足早に歩いていく。その後ろを、ダンテがローズを庇いながら追随している。
「お、お二人共、どうされたので?先程から、様子が…」
人混みに慣れていない―普段は絶対に立ち入らない少女、マゼンタ・デエーは、ついて行くのに必死なようであった。彼女は少し息を切らしながら、海咲にそう問いかける。
「昔、師匠―アースラに言われたんだけど。魔術師の弱点は、何だと思う?」
「は?」
質問を質問で返され、マゼンタは思わず聞き返した。海咲はくつくつと笑いながら、彼女にクイズの答えを教えてあげた。
「索敵を魔術に頼りすぎること―だって。気づいてる?電車からずっと着けられてるの、私たち」
誰よりも人の意識や表情に敏感なゐづないなりと、自意識過剰な花崎海咲。その二人だけが、尾行の存在に気がついていたようだ。
「…っ。何でしょうか、ヤクザの仲間とか?」
「分からない。分からないので」
そう述べつつ、海咲といなりはバスに飛び乗った。
「五人分」
ぴっ、と。彼女は端末にICカードをタップした。そのまま、バスの奥へと入っていく。
「逃げるとしましょうか」
ウインクをして、海咲は一番奥の席に座った。
「まずは事務所に戻って、副部長に報告しよう」
残りの四人が中に乗り込むと、バスは動き出した。そのバスは、イリス中央、合同庁舎前行き。比較的年式の新しい、六本足と二つの車輪で駆動する、大型の官営バスである。




