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1話 アダチタウン・デストラクション<前編>

 煌びやかな電飾の光が、大通りを照らしている。まだ日が落ちたばかりの薄暗がりは、求愛するように熱烈な、七色の光に彩られていた。


 ネオンサインの織り成すダンス・ホールを、大勢の人影が闊歩していく。その多くは、仕事に疲れたサラリーマンたち。彼らの視線の端、活気ある大通りに射す一筋の陰。シャッターの閉まった飲食店の横、深い穴のように口を開けていたのは、暗澹とした路地裏だった。


 息苦しそうに明滅する電灯の下。八本足の赤い飛蝗の群れが、立体的な軌道でサイケデリックに光るゴミ袋の上を飛び越えていく。彼らは脅かされていた。暗い路地に唯一点った灯り、その部屋から轟いた、雷のような怒声に。


「困るんだよォ、お嬢さん。『契約』は守ってもらわなきゃあ〜!」


 簡素な作りの事務所には、大勢のスーツ姿。そして太く響くような声の主は、強面の男。


 男は四本の脚を屈ませると、女性に睨みを効かせる。ぶるるる、と唸った男の下半身は、馬のカタチをしていた。


「それか、どうする?違約金百万、払える?」


「…っ」


 女性は、恐怖に喉を詰まらせた。震える瞳で男を仰ぎ見るその姿は、毛艶の美しい二足歩行の猫だった。


 自身の脚ほどの身長である女性を見下ろし、男は再び低く唸った。


 その時。彼の懐の携帯電話がけたたましく音を立て、猫の女性は体をはね上げた。それは、次の『獲物』が罠にかかった合図だった。尤も―まずは目先の獲物を処理せねばならないのだが。


 裏路地に跋扈する反社会的組織。そして彼らに『食い物』にされる無辜の民。その組み合わせはまるでビールと枝豆、この街では日常茶飯事の風景だ。


 現世の裏側にして、夢見の世界―『幻夢境』。その中央平原に位置する都市国家―『イリス』。三等分された街並みのうち、異世界にしては目新しくないのがこの『高天原地区』。そして『カブキタウン』に並んで治安の悪い街が、ここ『アダチタウン』である。


 携帯電話の着信を拒否して。半人半馬―『ケンタウロス』の男は、獣人の女性に笑いかけた。


「じゃあ、この金額で出るしかないよね。アニマル・ビデオ」


 にやにや、と。周囲の組員は、視姦するような嫌らしい目つきで女性の体を値踏みした。毛並みの良い体、柔らかな肉球、そして純朴さと高貴さの同居した瞳。好事家向けのビデオには、ぴったりの逸材だ。


「大丈夫大丈夫、怖いことは何も無いから―」


 そう言って、紙を取り出した男。


「ここに、サインして貰え―」


 彼は、にんまりと笑って―そして、床に倒れた。


 澱んだ空気を引き裂いたのは、窓から飛び込んできた白線。そして、床に広がる鮮血。煙と共に、肉の焼ける匂いが男の頭から立ち上る。脳髄を蒸発させられた男は、床の上で馬の体を痙攣させていた。


「…はい、現場抑えました。現行犯で死刑判決death」


 かつん、と足音が鳴る。武器を抜いた組員たちの背後、ガラスには丸い穴が空いていた。


 丁度その穴の中心軸上、無機質な事務所の扉。施錠されたドアノブが、みるみるうちに赤くなる。息を飲む組員たち。緊張に支配された彼らは、最早人の形を保てなかった。


 ある者は、赤ら顔に長い鼻。またある者は山羊の蹄を持ち、別の男は四本の腕に武器を握る。


 ここは、幻夢境。古今東西あらゆる幻想の安息地にして、文字通りの魑魅魍魎が跋扈する人外魔境。


 目には目を、化け物には―化け物を。そんな彼らを裁くのは、怪物たちに負けず劣らずの―否、それ以上の『怪物』でなくてはならない。


 ドアノブごと鍵を溶かされて、扉が開いた。金属の軋んだ耳障りな音に身を震わせつつも、白猫は物陰にさっと隠れた。彼女がこっそりと伺う先、戸口に立っていたのは、一人の少女。凡そ鉄火場に相応しくない、フリルが満載された黒いブラウスに、泣き腫らしたようなメイクアップ。その少女はどうしようもなく―『地雷系』だった。


「失礼。私、こういうものなのです」


 甘い声と共に少女が広げて見せたのは、革製カバーの簡素な手帳。顔写真付きのIDには、『イリス入国管理局』とある。その肩書きは、『執行官』。


 その仕事内容は至極単純。イリスを脅かす不法入国者とその支援者を、暴力によって検挙する。それが、彼女たち執行官の『強制執行』である。


「不法就労の幇助は、地獄で三年の懲役です」


 透き通るように薄いフリルスカートの裾を摘んで、彼女は態とらしい素振りで挨拶をした。


 強制執行が行われた場合―裁判はない。関係者全員が既に実刑判決―地獄に送られることが確定しているのだ。つまりこれから行われるのは―『処刑』と言っても差し支えない。


「何卒誠実に―地獄に堕ち(お縄につい)てくださいな」




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