2.2
ギルマン邸の第一印象は、塔と鉄格子だった。
二階建ての屋敷の上に、突き出したように円柱形の塔がある。
石とレンガでできた屋敷は、有事の際の防衛拠点にふさわしかった。
窓は貴族の屋敷らしく、すべてガラスがはまっている。ガラスの上を、鉄格子がおおっているのが目につく。
防衛拠点であるためか?
屋敷が建っている立地そのものが、街の中でも高台にあった。
気温は王都より低く、ペトルシア領は高原地帯なのだと知れた。見渡す限り、領民の家の煙突からは、煙が上っている。
よい治世が行われているようだ。朝に煮炊きをする煙が必ず上がるのは、民が飢えていない証拠である。
レイモンドは、治世者としては有能なのだろう。レイモンド自身のことにかけてはダメだが。
収穫物は、小麦より雑穀がメインらしい。それから高原地帯に適した野菜と果実、ぶどうとりんごの木が特に多い。
と、一瞥でざっと観察すると、サラはレイモンドに視線を戻した。
ペトルシアの街に入ると、即座に馬車は全速力に変わった。
サラはぐったりとしているレイモンドが、座席から落下しないよう、腕の中に強く抱えこんでいる。毛布でぐるぐる巻きにしたレイモンドの体は、初対面よりさらに痩せ衰えていた。
ペトルシア領の入り口で、御者が住民に伝えたため、屋敷の門前にはすでに、医者と担架を手にした使用人が待機していた。
馬がいななき、馬車が止まる。即座に医者が駆け寄り、馬車に飛び乗った。
医者は表情を出さない初老の男で、馬車に飛び乗ってすぐに「ギルマン伯爵、動けますか?」と挨拶抜きで問うた。
レイモンドは口を開くのもだるそうに、それでもサラのローブをぎゅっとつかんできた。 サラも表情を出さずに、医者に答えた。
「このままでお願いします」
医者はうなずき、
「では、ギルマン伯爵の体を固定したままにしてください」
と指示した。
この医者は信用できる。
プロフェッショナル同士は、道は違えど一目で感じるものがある。医の道の求道者たる医者も、サラに同類の信用を感じたらしい。
そのまま腕まくりをし、レイモンドの胸をはだけさせると、医者は聴診器を青白い胸に当てた。
貴族の胸に、あばらが浮いているなんて。
サラは自分にもたれかかっているレイモンドの体が、自身の感じる負荷よりも、軽すぎると思った。
聴診器を外した医者は、即座にレイモンドの脈を取る、そして閉じようとする彼のまぶたをこじ開け観察し、直後、口もこじ開けて舌を観察した。舌が、白い。
医者は目を閉じてしまったレイモンドに、言い聞かせるように診断を下した。
「栄養失調です。屋敷に寝かせてください。すぐに点滴を始めます」
医者の言葉を聞いた使用人たちが、担架を馬車に寄せる。
「伯爵をすぐにお部屋へ」
その医者の指示が出されたときに、レイモンドは無理矢理目を開けた。
「サラの部屋がいい……」
「え?」
サラが聞き返すも、レイモンドはもう意識を手放していた。
使用人たちが、どうしたものかと担架を持ったまま困惑して立ち往生している。
サラは素早く決断を下した。
「恐れ入りますが、私の部屋はご用意いただいているのでしょうか?」
サラの質問に、担架を抱えた男たちの向こうから、メイドが答える。
「すでに整っております」
「ありがとうございます。では、レイモンド様を私の部屋のベッドに寝かせてください」
しかし……と、使用人たちが困惑する。
彼らにしてみれば、唐突に現れた得体の知れない女が、寝所に自分たちの主人を引っ張りこもうとしているのだ。
代表するように、さきほどのメイドが声を上げた。
「申し訳ありませんが、見ず知らずの女性の寝室に、意識のない旦那様を寝かせるのは同意いたしかねます」
サラの反論は、有無を言わせなかった。
「私の寝室であろうとも、お医者様や看護の方が常におられます。そして私は床で寝られます。問題はありません」
医者は、レイモンドからサラに視線をうつした。
医者とサラの目と目が合う。
「私はギルマン伯爵の主治医、シャルル・デュマと申します。お嬢さんのお名前は?」
サラは、医者と目を合わせながら、馬車の前にいる使用人すべてにも向かって名乗った。
「サラ・ラクール。スナイパーです」
意識がないまま、出会ったばかりの主人公の寝室に上がりこもうとする男(意識がないのは男の方ですよ!)。
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