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後日談スナイパーは食べさせたくない

 サラは基本的に無表情だが、よく見れば嫌そうな顔はよくわかる。

 今、すごく嫌そうなんだけど……。私、何かしちゃった?

 真冬の雪が積もった山道で、レイモンド・ギルマン辺境伯は内心オロオロしていた。

 

 ことの発端は、毎年恒例の陸軍冬季演習会である。

雪中行軍の演習のため、国内各地の基地から順番に、ペトルシアに部隊が集まってくるのだ。

 隣国との国境であるペトルシアでは、ここで軍のお偉方とコネを作っておくことが、領民を守るためには非常に重要である。有事には最前線になるのが我が領地なのだから。

 と、いうわけで、ペトルシア陸軍基地で開かれる、演習慰労会に食材と酒を提供している。各基地の責任者の好物を含めてだ。今年からは慰労会で、レイも食事を摂るつもりである。きっといつもより好印象を得るだろう。

 慰労会の食材で毎年、ほとんどの人が喜ぶのがウナギである。冬のウナギは脂がのっているし、ペトルシアでは大量に獲れるので、経費もかからない。わざわざペトルシアで食べなくても、もっとごちそうをご存じだろうにと思いながらも、提供する側にはありがたいことづくめだ。だが――。

「サラ、雪の中の狙撃ってやっぱり嫌?」

「雪の中に何日も潜むのも、スナイパーの基本です。一日で終わる仕事など、ものの数ではありません」

 いつもの真っ黒いローブでなく、真っ白いフードで山道を上るサラ。表情を見るに嘘ではないらしい。そこが嫌なんじゃなければ、やっぱりこっちか。

「やっぱりベヒーモスは危険だから、一人で倒すなんてたいへんだよね……」

 ウナギが一番獲れる川に、ベヒーモスが現れたのである。

 杉の木一本ぐらいはある太い手足と、パンパンに膨れた巨大な腹、頭部は牛に似た形状だが、皮膚が紫色をしている、家の二階ぐらいのサイズがあるモンスターだ。

 大きな川を根城にし、水を飲みに来た動物や人間を襲う。

 当然ながら危険である。通常なら、討伐には基地から、五個小隊ぐらいは派遣される。

 が、レイがサラに倒されるかと聞いたところ。

『私一人で問題ありません』

 そういうわけで、早朝から領民の中でも屈強な男たちを選んで、ベヒーモスが陣取っている谷を目指して雪山を登っている。

 問題ないって言われたとき、ライフルってすごいとか、狙撃ってすごいとか、私の婚約者すごいとか、色々言ってたときは、まだ嫌そうじゃなかった気がする。

 今も。

「私一人で十全です」

 とあっさり返している。寒いのも領民がいるのも嫌がっていない雰囲気だ。

 雪道をザクザクと歩きながら、レイは逡巡する。

 特に嫌とか言われてないのに、何か嫌なの? とか聞かれるの嫌だろうな……。

 サラは私の、機嫌を取ろうとする癖が好きじゃないから。見たカンジ、嫌がってるの隠してるし。でもやっぱり、私は好きな人が嫌がることはしたくないんだ。

 考えながら雪道を歩いていると、ブオンと鳴き声が山に響いた。

 先頭を歩いているサラが、「止まって黙ってください」と指示を出す。

 すぐ前方の谷間に、ベヒーモスがいるのだろう。

 後ろを歩いていた領民に、緊張が走った。

「心配いりません、ベヒーモスは陸に上がらないので」

 淡々と説明されても、領民の緊張は抜けない。四つ足の大型モンスター相手だから当然だ。

 でも、唯一私だけは、サラが心配いらないって言ったっていう、それだけで大丈夫だってわかる。

 サラがライフルを抜く、雪道を猫のようにするすると歩く。

 スコープをのぞく背中が見えた。

 銃声が響く。

「仕留めました」

 サラがレイのところに戻ってきて言う。

「ウナギが必要なら、ベヒーモスをさばいて食べてください」

「え?」

 レイの疑問に、サラは嫌そうな顔で言った。

「あなたに食べさせたくはありませんが」


 谷間に降りて、力自慢の領民が集まってロープをかけ、ベヒーモスを陸に引き上げる。

「これをさばくの?」

 ロープを引っ張るメンバーから、非力を理由に外されたレイが問うと、サラは焚火を起こしながら嫌そうに言った。

「やったことがないなら、やりましょう」

 うう、やっぱり嫌そうにしてる。レイは思わずびくりとしてしまう。サラはその様子に片方の眉を上げたが、無言でコンバットナイフを取り出した。

「サラ、あの……」

 レイがやっと声を上げたときは、サラはもうベヒーモスの首にナイフを立てていた。

 黒い刀身が、するするとベヒーモスの半身を切り落としていく。

 ん? するする?

 いくらコンバットナイフの切れ味がいいとはいえ、獣の肉があんなにすべらかに切れるものかな?

 その疑問は、どう、っと音を立ててさばいて落とされた、ベヒーモスの背中肉の下を見て解けた。

「え、ベヒーモスって魚!?」

 領民たちも口々に声を上げる。

「肉も骨もまんま魚だぞ!?」

「あっ、この足、ぶよぶよしてる! ただの飾りだ!」

「なんだこの皮、ぬめぬめしてやがる!?」

 居酒屋の店主が一番大声を上げる。

「っていうか、これ……ウナギじゃねえか!?」

 サラは淡々と答える。

「ええ、ベヒーモスとは、威嚇のために体を変化させた、巨大ウナギのモンスターなのですよ」

 すたすたレイのもとに戻り、ため息交じりに言った。嫌そうに。

「だからあなたに食べさせるのが嫌だったんです。ウナギなんてまずいゲテモノ料理」

「……まずいゲテモノ料理?」


 焼きあがったウナギの白焼きを、サラの部屋に運ぶ。

 テーブルに二人分の皿を置き、レイも席についた。

 香ばしい香りが部屋に立ち込める。

 まだいぶかしげな顔をしているサラの前で、ウナギ、もといベヒーモスの白焼きに塩をふりかけ、ワサビをのせ、ナイフで切って口に運ぶ。

 口の中に、あっさりとした魚介のうまみが広がった。

「おいしいっ!」

 サラの表情が驚きに変わる。いつもレイがおいしいものを食べると、うれしそうなのがサラだ。驚かれたのは初めてだ。

 ……まさか、ウナギを食べるのは、国中でペトルシアだけだったなんて。

 ペトルシアでは、料理人はウナギの白焼きが作れないと一人前とはみなされないレベルに、おなじみの食材なのである。

 が、ペトルシア以外の地域では、食べる習慣もなく調理法もないため、ウナギは「泥味の魚」あつかいだった。

 慰労会で好評なわけだ。招かれるお偉方にしてみれば、ペトルシアでしか食べられない珍品なのだから。

 今回は大量のベヒーモス肉が手に入ったため、いつもよりさらに大盤振る舞いができるだろう。

 いつもは「なんでわざわざペトルシアまで来て、ウナギなんて地味なもの喜ぶんだろう」と考えていたので、メニューに大量のウナギの白焼きは、発想になかったのである。

 だって……ごちそう出さなくちゃいけないから……、いくら喜ばれても大量のウナギじゃ日常感がありすぎると思って……。

 はからずも「辺境」を思い知らされたわけだが、レイの心はウキウキである。

『レイにまずいものを食べさせるなんて嫌』

 が、愛でなくてなんであろうか!

 サラも意を決してベヒーモスを口に運ぶ。また目を丸くする。丸くなった目が一瞬で輝く。

「レイ、酒です。これは酒がすすむ味です」

「うん! すぐ持ってこさせるね!」

「おいしい」を与えてくれたサラに、新しい「おいしい」を知ってもらえた。なんて幸せなんだろう!

「レイ、ところでこの緑色の刺激物はなんですか? これだけでかなり酒が飲めますが」

「えっ!? わさびってどこでもあるものじゃないの!?」 

2025/7/11

ブクマ、評価などなどありがとうございます! 調子にのって後日談まで書いてしまったので、今回もポチっとよろしくお願いいたします!

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