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硝煙のたなびき、あるいはアイスクリーム

「うーん、どうしたものですかね」

 ギルマン邸の塔の上。自室にてサラは悩んでいた。

 発端は、冬の初めに獲ったハナサキジシである。

 巨体の魔獣をサラとレイの二人で食べきれるわけもないので、領民たちに肉を分けたのだが。

 これがすこぶるうまかった。

 よいことである。

 領民たちはこれまで魔獣を食べるなど発想になく、畑を荒らす害獣の肉も、臭くてまずいと思っていた。

 しかし、サラが撃った魔獣害獣の肉ならうまい、と領民たちの間で評判になった。

 よいことである。

 サラはギルマン邸の塔の上に住みながら、ドラゴンに加えて魔獣害獣を駆除するスナイパーとして、ペトルシアで暮らすことになった。

 よいことである。

 私の婚約者すごいんですよー、と、レイが国王陛下に自慢した。

 ん?

 国王陛下もハナサキジシの内臓を食べたいと言い出した。

 んん?

 新鮮でなくば食べられないと断ると、焼いたものを王宮に送ってくれと、最新式の魔道具を送ってきた。一枚で王都に家が建つ貴重な袋である。

 ちょっと待ったー!

 と、いう心の声は届かず、現在サラの手元には紙のように薄く透明の、ツルツルした袋がある。袋の口は溝のようになっていて、強く押すと密着し口が閉まる。

 いや、ハナサキジシ、そんな都合よく見つからないから!

 ハナサキジシはかなり珍しい魔獣だ。頻繁に山に潜伏するサラですら、先日を含め三回しか会ったことがない。

 国王陛下は陛下で、珍しいならなお、見つけたときのために魔道具の袋を持っておいてくれといらん鷹揚さを出してくれた。

 こんな神経を使う貴重品、持っていたくありません! を、角が立たないようにお伝えするコミュニケーション能力など、サラが持ち合わせるわけもない。

 結局、自室で袋を前に、げんなりするほかないのである。

「ただいまー! サラ! 聞いて!」

 勢いよくドアが開き、帰って来たレイが飛びこんでくる。

 コートの雪も払わずに部屋に入ってきたあたり、よくないことがあったのを聞いてほしいのだろう。

 頻繁なので慣れた。

 なお、聞いたらサラが解決できるわけではなく、むしろレイが自己解決するパターンがほとんどなのだが、とりあえず聞いてほしいらしい。

「おかえりなさい、コートは脱いで干しなさい」

 言われた通り、コートかけにコートをかけると、レイはサラの隣にがばっと寄ってきた。

「ひどいんだよ、かわいそうな子って言われた!」

「はあ、誰に」

「コイツに!」

 レイが背後を指さす。初号機がまさにくり返している。

「カワイソウナコ! カワイソウナコ!」

「うるさい! お前なんかにあわれまれるほど、私は落ちぶれていないぞ!」

 鳥と本気で口げんかしている姿は、普通にかわいそうな子である。

 いやまあ、初号機の態度から、うっすらと感じていてはいたのだ。

「初号機、人を傷つける言葉を言ってはいけませんよ。レイのことをなんだと思ってるんですか」

「コブン!」

「会話が成立しましたね。えらいです」

「サラまでいじわる言うーー!」

 あ、と。レイの悲鳴で、初号機をほめるのを止めたが、まあ、そういうことだ。

 初号機から見て主人サラを取られた取られたと嫉妬するレイは、子分扱いらしい。

 世界のお母さんのぼやき、をサラもぼやく。

「子どもって、悪い言葉ほどよく覚えますよね」

「カワイソウナコ!」

「サラ! もっと怒ってよ!」

 いや、実際かわいそうだしなあ……、と思いながら、レイに質問する。

「どこで覚えてきたんですか、こんな言葉、今日は工業学校で会議でしたよね」

 屋内で会議に熱中していて、雪がひどくなるのに気づかないのでは、と初号機を工業学校に飛ばしたのだ。

 レイが少し肩を落とす。

「うん、工業学校のみんながさ、「伯爵、アイス食べたことないんですか? かわいそうな子だったんですね……」って」

 ……。サラは記憶を蘇らせる。

「あるでしょう、王都でアイスクリームを食べたことは」

 むしろ、高価な冷却魔道具がないペトルシアの領民こそ、アイスクリームなんて食べたことがないはずだ。

「あ、いや、アイスクリームじゃないんだよ、みんなが言ってるのは」

 レイの言葉に、サラは首をかしげる。

「アイスクリームじゃない?」

 レイの説明によると、雪深いペトルシアの冬、子どもたちはアイスをこっそり作るのだそうだ。

 薬瓶などの小瓶をとっておき、果実のシロップ漬けと薄めたシロップを瓶に入れてスプーンを刺し、雪の中に埋めておくと、冬のお菓子”アイス”のできあがりだ。

「なぜこっそり作るんです?」

「果実のシロップ漬けは冬の大事な保存食だから、たいていもらうよりくすねて作るんだって。で、作って食べてるの見つかると怒られるから、子どもだけで集まって作って、こっそり焚き火してちょっと溶かして食べる。ってさっき聞いてきた」

 さっき聞いてきた話なのか……。

 それ、アイスが食べられなかったのが、かわいそうって話ではないな。

 サラはレイの肩をぽんと叩いた。

「気にすることないですよ、私も子どもの頃から一人の方が好きなタイプでした」

 レイの表情をとプルプル震える体を見て、サラは速やかに謝った。

「友だちほしい子だったんですね! すみません!」


「私にはサラがいるから、友だちなんかいなくても平気だから!」

 と、最高にかわいそうな子感あふれる負け惜しみを吐いて、レイが立ち去った現在。

 サラの手元には国王陛下がよこしたやっかいな袋がある。

 いじめたいわけではないが、いじめているカンジになってしまったので、大人らしくアイスクリームの方を作ってやろうと思ったのだ。

 貴重な品をもてあますよりは、使った方が道具も本望だろうし。

 材料は、生クリーム、牛乳、砂糖、塩、雪。

 まず、魔道具の袋を大小二枚用意する。

 生クリーム、牛乳、砂糖を、小さい方の袋に入れる。

 外から取ってきた雪を、大きい方の袋に入れ、さらに塩を入れる。

 小さい方の袋の口を閉め、大きい方の袋に入れる。大きい方の袋の口も閉める。

 グローブをはめた手で、もんだり降ったりする。

「よし、できてきましたね」

 白い液体が、少しずつ固まって、甘い雪のようにキラキラしてきた。

 塩を入れた氷は、温度が通常より下がるのだ。今回は雪で代用したが、温度差を利用した調理法である。

 元々アイスクリームには悪い思い出があるレイだ。このアイスクリームで上書きできれば、と思ったのと。

 いじめたいわけではないが、レイをいじめるのは少し楽しいのは認めざるを得ないという、やましさをまぎらわす必要がある。

「ん? 雪が足りませんでしたね」

 サラは不足分の雪を補充しに、らせん階段を下りて庭に出た。

 初号機が後からついてくる。

「ん? なんですかこれ」

 玄関を出てすぐの場所に、いかにも素人が埋めましたといわんばかりの、雪を掘り返して埋めた痕がある。

 気になったサラが軽く掘ると、瓶が二つ雪の中から現れた。

 透明な瓶の中では、シロップ漬けのアンズがちゃぷんと音を立てる。瓶には入っている。

 埋めた犯人は明白だ。どうやらレイは、自力で解決しようとしているらしい。

「よいことなんですけどね……」

 レイと名前が書かれた小瓶はいい。5センチ程度の食べきれるサイズだ。

 問題はサラと名前が書かれた瓶が、30センチはあろう巨大な瓶ということだ。

 完成したら、サラはプレゼントされた氷塊を食べなくてはならないことになる。

「……初号機、よい言葉を教えてあげましょう」

 数日後。レイはサラの元に、また飛びこんでくることになる。

「サラー! 初号機がまた私にいじわるを言うーー!」

「カワイソウハカワイイ! カワイソウハカワイイ!」

最後までご覧いただき、ありがとうございました。これにて物語は完結です。よろしゅおあがり(作った側が言うごちそうさまでした、です)。

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