10.0
コンバットナイフを抜いたサラは、仕留めた魔獣の頭部を確認する。
こめかみを撃ち抜くことに成功している。
ついで首元に生い茂った草花をかき分け、首の頸動脈を切って放血する。
「サラ、それ、ハナサキジシだよね? 食べられるの?」
珍しくレイが疑わしげだ。まあそうだろう。ハナサキジシは全身に草木を生やしているだけではない。イノシシに酷似した形の毛と表皮が玉虫色に輝いているのだ。
魔獣に珍しく、自分を食べれば毒があるぞ、と昆虫のようにアピールするための輝きである。
よって、ハナサキジシは毒があるが通説であるし、実際生食すれば毒にあたって死に至る。
が。
「絶品ですよ。山中に籠もっていた際、ハナサキジシが捕れれば歓喜したものです」
「そっか。じゃあ手伝う」
理解が早いレイに半分持たせ、近くの水場までハナサキジシを引きずっていく。
小さな滝がある川に着くと、ハナサキジシをまるごとドボンとつける。
仕留めてすぐに血抜きをしないと、肉に臭みが出てしまうのだ。
血抜きをしながら、ハナサキジシの表面に生えた草木をむしり取る。この間、レイには少し休んでいてもらう。
レイは手伝いたがったが、スナイパーたるサラとは基礎体力が違うのだ。次の大仕事のために体力を温存してもらう。
冬の清流は身を切るような冷たさだが、頭をぶち抜かれた魔獣に比べればマシだろう。
血を抜くとまた、二人がかりでハナサキジシを水から引き上げる。
ここまででだいぶ汗びっしょりになっているが、本番はこれからである。
ナップザックに入れてきたロープを、しっかりとした枝に結びつけ、二人がかりでハナサキジシの片足足首とロープをつなぎ、滑車の原理で枝に吊り下げる。
ここでレイがダウンする。
「気にしないでください。荷物も全部運んでいただきましたし、あなたの負担は大きかったです」
「ごめん……」
「後、あなたにできることはもうありません」
「ごめん……」
しょんぼりするレイを愛でる。かわいい。後、汗で濡れた顔から色気が立ち上っている。
内容物が漏出しないよう、吊り下げたハナサキジシの食道と肛門をナイフを入れて紐でしばる。
内臓付近から丁寧に、ナイフで全身の皮を剥いでいく。
皮を剥ぎ終わると、腹にナイフを当て、切り込みを入れて顎まで切り開く。
自重で落ちていく内臓を、うまく剥がしながら取り出す。
ここでレイが復活してきたので、焚き木を集めてきてもらう。
内臓を取り出し、異常が無いか確認する。ついで心臓を切り開き、異常が無いか確認。
異常なし。
ああ! 早く食べさせたい!
内臓を清流で洗っている間に、レイが焚き木を拾ってくる。
マッチもあるが、レイに期待の目で見られているので、ライフルで火を点けて焚き火をする。
食べやすいサイズにカットした内臓を、串に刺して焚き火の周りに置き、焼く。
じゅうじゅうと脂が落ちる音が、焚き火のはぜる音に混じる。
「サラ、なんか、嗅いだことの無い匂いがしてきた」
「ええ、よく焼きますね。ハナサキジシの毒は少し熱を当てただけで無毒化するのですが、それはそれとして寄生虫対策と……、よく焼いた方がおいしいので」
時折串を回して、均一に火を通したら。
「完成です。名前は……ハナサキジシの焼き肉?」
言ってからそのまんますぎたな、と思うも、サラはレイに内臓を刺した串を渡す。
そのままかぶりつこうとして、はっと気づき、レイはふうふうと串をふいてから、ぱくりと肉を頬張った。
「!!」
レイの瞳が輝き、顔が紅潮する。口の中に広がる、とろけるような脂肪の甘みに、レイの顔も蕩けていく。
レイが今食べているのは、ハナサキジシの腸である。通常のブタやイノシシでは、いったんあく抜きしないと食べられないが、ハナサキジシは違う。
むしろ、あく抜きしてはいけない。
なぜなら、ハナサキジシは全身に生えた草木、大豆やニンニク、麦やリンゴなどを体内で発酵させ、内臓にたくわえておくのである。
うっとりと顔を赤らめ、目をとろんとさせたレイの、口の端についた茶色い液体が、たくわえられた発酵植物が液状化したものである。
口の端からたれているのに気づいたレイが、思わずなめとってしまうのも無理は無い。
噛む度にしみ出してくる甘辛い液体は、たとえるなら濃厚美味圧縮液。
内臓は新鮮でないと食べられないので、まさに獲った者のみのごちそうである。
焼き肉からしみ出してくる液体だから……、焼き肉のたれ? そのまんますぎるな、言わないでおこう。
蕩けた表情のレイが、心地よいうわごとのように言う。
「サラ、おいしい。おいしいね」
サラは、欲求を口にした。
「そうでしょう? おいしいものは他にもたくさんあります。スナイパーはあなたに食べさせたい!」
メインディッシュ(物語)は終了。次回はデザート(エピローグ)です。最後までゆっくりお召し上がりください。
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