9.6
バスケットに、タルトタタンとローストビーフのサンドイッチをどっさり詰め込んで。
魔石が埋め込まれた温熱ポットに、蕎麦でできたお茶を入れて、いつでも温かいお茶が飲めるように。
干しイチジクは紙袋にたっぷり詰め込む。
お弁当のできあがり。全部ナップザックに入れて。
「背負ってもいいんですよ」
「うん。山に着いたら背負うよ。もう少しこのまま持ってたい」
サラは、ナップザックを両手に抱えるレイを、それ以上止めようとしなかった。
両手にたくさんの食べ物を抱える喜びを、感じていてほしかったからだ。
レイは満面の笑みを浮かべていて、子ども時代を取り戻したようだった。
ナップザックには、他にも道具類が入っているので、相当重いはずだが、存外レイはものともしない。
「腕力はしっかり男なんですね……」
「ときめいてくれた?」
サラが漏らした感想に、キラキラとした期待の目を向けられたので、サラは無言無表情をつらぬいた。
実際ときめいたので言いづらかったのだ。
玄関ホールには、ギルマン邸の使用人がずらりと揃っている。
昨日はレイが心配で、彼らに気を配れなかったサラに対し、レイは気配りを欠かさずに、彼らに今日は有休と言い渡した。
「昨日は心配かけてごめんね。今日は自由にすごしてね。あ、領民のみんなが持ってきてくれたものは、自由に食べてくれていいから」
と、使用人一人一人に金貨一枚を渡しながら、詫びといたわりの言葉をかけていくレイに、サラは内心舌を巻いた。
結果、隣で「昨日はろくに何も言えず……」と、今日も何も言えていないサラの詫びといたわりの心も、使用人たちに伝わっている。
コミュニケーション能力は人望の元だと、休日にも関わらずわざわざ見送りに出てきてくれている使用人たちの姿で、サラは心底思い知った。
っていうか、こんなに使用人がいたのか。いや、貴族の館にしては少数だが。
まあ、彼らにしてみれば、唐突に姿を見せてブチギレている婚約者に、主人を置いて逃げた負い目もあるといえばあるだろうけど。
「奥様、玄関に荷車の準備が整いました」
すっと寄ってきて話しかけるタエコに、サラはありがとうございます、と礼を言う。
タエコの手にある、衣料品店のセールチラシにはツッコまない。忍者ってそんな派手な服着るものなんだ、とかは。
「行ってきます」
二人連れだって玄関を出れば、入り口の石畳に荷車が置いてある。
三ヶ月前、屋敷に来た時は、ここで死にかけているレイを抱えて、デュマ医師と押し問答したものだった……。
感慨にふけるサラを素通りして、レイは荷車をよいしょと引く姿勢に入る。
「って! それは私が引きますよ」
荷車に載せた荷物は、国王陛下の頼みで造った、あの度数の高い酒である。瓶にして6本、大重量だ。
朝、フィリップは菓子屋の夫婦の養子となり、なりゆきでキャロルも養女として迎えられると決まったと、報告があった。
長年子どものなかった老夫婦が、子どもを迎えるのはめでたいと、そのまま宴席になると聞いたため、ねぎらいの酒を差し入れるのだが……。
レイの華奢な体で、荷車が引けるのかと代わろうとするサラに、レイは媚びではない笑顔を見せた。
「私だって男なんだよ」
ずず……とレイが引く荷車が動き出す。
隣を歩くサラは、自分の視線がずいぶんと上を見ていることに気がついた。
忘れていた。レイは自分よりはるかに背が高い。
ちょうど道路をデュマ医師が通りかかったので、レイは大きく手を振って挨拶する。
隣をサラが歩いているのを見て、医療のプロフェッショナルは少し目を丸くして。
「お出かけとは結構ですな。若い者は外に出ねばなりません」
目尻のしわを、やわらげた。
監禁生活終了です! 物語はもうちょっと続くです! 最後までお付き合い願いますです!
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