9.4
タエコが運んで来た紅茶を三つと、スコーンがのったトレイを持ってレイはまた、困ったなあと云う顔をした。
「テーブルがないのですが、床で食事するのって気になりますか?」
唐突に現れた忍者に、あっけにとられていた様子のドラコナだったが、レイの問いに肩をすくめて見せる。
「毒気を抜かれたわえ」
そして、器用に空中で足を組んで座った。
「我に実体は失われて久しい。物など食わぬ。どこなと気にせず好きに食すがよい」
レイはドラコナに頭を下げて、床にトレイを置く。トレイの中のスコーンとお茶を一人前、ドラコナの方向へ向けて移動させる。
「物など食わぬというたであろう」
レイはまた、笑顔で言った。
「あなたが物を食べられないからって、あなたの分がなくていい理由にはならないと思います」
レイのコミュニケーション能力が本領発揮だ。相手が望むことを観察によって推察し、叶える言動をする。
内心の望みを叶えられたドラコナは、再度肩をすくめた。情が動いたのだ。
「まったく、あの男の子孫とは思えぬのんきさよ。まあ、我の子孫でもあるのだがな」
サラは、レイが結婚を申し込んだ際の、長老の言葉を思い出した。
ペトルシアか、これも因果よの。
「ドラコナ・ラクール、あなたは、ギルマン家に嫁いできた我が一族なのですか?」
※
いかにも。
我は200年前の戦時中、ラクール一族よりギルマン家に嫁いできた。
国防のためにの。
当時のペトルシアには敵軍が迫り、侵略されるは目前であった。
敵軍との圧倒的な兵力差において、ペトルシアは侵略されれば即座に占領されるのは見えていた。
故に、我が嫁がされたのよ。
ペトルシアの民をドラゴンに変え、兵器として使うためにの。
ペトルシア中に、我が夫たる当時のギルマン伯爵から触れがなされた。
一戸につき成人一人、敵軍が押し寄せた際に戦えぬ者を優先して、差し出すようにと。
むごかろう。人間とはみにくかろう。
だが、清らかな者もいたのだ。
触れられた期限よりずっと早く、子どもたちがギルマンの屋敷に忍んできたのだよ。
戦えぬ親を持つ子どもたち。病やケガで動けぬ親の世話を、ずっとしてきた子どもたちが、親の代わりに自分をドラゴンにしてくれ、と懇願しにきたのだ。
あわれなる小さき者らを、どうして見捨てられようか。
我は夫に頼んだのだ。
「この子らの親はドラゴンにさせないでくださいませ」
ああ、承諾した我が夫は、すべて予想しておったのだ!
夫は屋敷に来た子どもらの親たちに、約束を伝える使いを出した。
「早く子どもたちを迎えに来い。迎えに来れば、お前たちの家からはドラゴンを出さない」
誰も迎えに来んかったよ。
ずっと自分の世話をしてきた小さき子を、親は自分の代わりにドラゴンにしろと、自分だけは助けてくれと言ったのだ。
領主たる夫の元に迎えにいけば、約束を破られて、親たる自分がドラゴンにされると考えたのだ。
強き人間がみにくいのは、まだ救いがあるのう。弱くてみにくい人間からは、世界の救いのなさがしみこんでくる。
身を削って世話をしてきた親に、捨てられた子どもたちの目を見たとき。
我は石碑に、我が身とともに異能を凝縮したのだ。
むごい命令を出した夫も、幼い子どもを差し出してきた親も、悪しき者を皆ドラゴンに変えた。
ははっ、滑稽な話だ。ドラゴンの襲撃で戦は大勝利。我が遺した赤子には、末代までペトルシア領主の地位が約束されたのだよ。
ええ、そなた、レイモンドというたかえ。
お前の母もドラゴンであったな。
どれだけ気づいているのやら。
ドラゴンは殺せはしない。
ドラゴンになった段階で、人間はもう死んでおるからの。
まあ、戦争中にドラゴンが使えたら使うよなあ……(歴史をひもとくと人間が嫌になることありますよね)
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