9.1
「……そ、それはそれとしてですね」
サラは人生初の行動を取った。
黙ってじーっと見つめられるのが気まずくて、自分から会話を振ったのである。
これまでの人生において、どれほど相手との沈黙が気まずかろうとも、天気だのニュースだの噂話だの、得る情報のない話を自分からしようなどと、絶対にできなかった。
が、今、サラがしている話は得る情報が100%ない。
「えーと、レイ、すごく見られているんですが」
そんなもの、見ているレイ本人が一番知っている情報だ。口に出す必要性はまったくない。
「サラ」
レイは真剣な表情で言った。
「私は永遠にサラだけを見ていたい」
重い! 重いと理性ではわかっているのに、サラの心臓のバクバクという音は止まらない。このままご臨終かというレベルに高鳴っている。
だからそのまま黙るな! 本気で永遠に見ているつもりか!
あなたは。
私たちは、前に進まねばならないのですよ!
サラは、スッといつもの無表情に戻った。
「レイ、確認していただきたいことがあるのですが」
「なんでもする!」
「なんでもするって簡単に言わないように。少し、スコープを調整します」
鎮まれ心臓。前に進むときは、潮に乗らねばならないのだ。
今、潮が来ている! 私たちが、先に進むための潮が!
この潮を逃すな!
スコープを調整し、目標物が見えているのを確認して、スコープをレイに交代する。
いやだから四つん這いになるな! 別の方向で心臓が高鳴る!
サラの葛藤をよそに、レイは怪訝な声を上げた。
「サラ、これ何?」
サラがレイに見せたのは、例の石碑である。
『心悪しき者、皆竜と化せ』
と、彫られた石碑だ。
「ええ、奇妙な文章でしょう? 心当たりはありますか?」
レイは表情も怪訝に眉を寄せ、サラの方に振り返った。
「石が転がってるだけで、文字なんてどこにもないよ?」
「え」
サラはあわててレイを押しのけ、スコープをのぞきこむ。
さっき確認したときと同じように、くっきりと石碑に刻まれた文字が読める。
『心悪しき者、皆竜と化せ』
おかしい。
「私はなんてバカだったのでしょう」
スナイパーにあるまじき見落としだ。
キスで頭がわいていたとしか思えない。
「サラ?」
レイがどうしたの? と肩を抱いてくる。
「すみません。自分を恥じているだけです」
暗視スコープのぼやけたモノクロの視界で、石碑に刻まれた文字が昼間と同様に読めるわけがないではないか。
「レイ、あの石に、私にしか読めない文字が見えると言ったら、理由はなんだと思いますか?」
レイはんー、としばらく考え、言った。
「ラクール一族ゆかりの石碑だったりするのかなあ」
考えを聞いたサラは即断した。
「ありがとうございます。今からあの石碑を狙撃します」
ついに石碑の謎が明かされる!(気まずかったから……)
明日6時にラストまで全話掲載します。
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