8.8
床に座り、サラはライフルにスコープを取り付ける。窓枠に三脚を置き、ライフルを固定。
窓に打ち付けられた板の隙間から、ライフルの銃口がのぞくようにしたのである。
スコープをのぞき、角度を調整する。
完璧だ。傍らに立っているレイに声をかける。
「レイ、座って」
言われたレイは膝を下ろし、床にすわる。
「見てください」
サラが指さしたスコープを見て、レイは怪訝な顔をした。
「私が使ってもいいの? それ、サラの大事なものでしょ?」
ライフルもスコープもこの世界に存在しないにもかかわらず、サラの大事なものというだけで、触るのに躊躇する。
能力を得る過程がどうであろうとも、レイの他人のの感情をおもんばかる能力は、他社の追随を許さない優れた能力だ。
「そうですね。レイ以外が勝手に触ったら、即座に殺します」
「そこまで!?」
おっと、おもんばかる能力にも限界があったようだ。おどろかせてしまったので、怖がらせる前に言っておかねば。
「あなただから、触らせてあげるんですよ」
レイの表情がぱあっと輝いた。自分以外の人間が触ったら殺されるより、自分だけが触らせてもらえる方が彼の中で重要度が高いようだ。
やはり恋愛になるとIQが下がるタイプなのだな。犬みたいだ。かわいい。
レイがスコープをのぞこうとして、サラとの身長差でうまく覗けないらしい。
「よいしょ」
レイが本物の犬のように四つ這いになってしまったので、あまりにもあぶない雰囲気になってしまったと、サラは思わず無表情になる。
しかし、四つ這いになってスコープをのぞいたレイの上げた歓声で、桃色になりすぎた空気は一気にさわやかになった。
「わあ……! 夜なのに街が見える!」
サラが今回ライフルに装着したのは暗視スコープだ。
のぞけば、モノクロかつ薄ぼんやりした視界ではあるが、夜でもスコープで遠くが見える。
「家があって、工場があって、学校があって、畑があって、店があって、あ、ねえ、工業学校で灯りが点いてるのが見えるよ! みんなフィリップのこと、真剣に考えてくれてるんだね」
サラは、夢中でスコープをのぞくレイの耳に、やさしい声音でささやいた。
「これが、あなたががんばった成果ですよ」
レイがハッとしてサラの方を向く。サラはうなずき、成果を話す。
「家があって、工場があって、学校があって、畑があって、店があって、親を亡くした子どもの未来を、街中の人が真剣に考える土地」
サラはレイの、両肩に手を置いた。
「あなたは助けてもらってばかりと言うけれど、あなたでなければここまでみんな、力になろうとは思わなかった。あなたががんばっている姿を見ているから、みんなもがんばろうと思えたんです。
見返りがほしくて愛しているのではありません。あなたはあなただから、愛される。あなたがあなただから、私も愛するんです」
「サラ!」
レイの大きな体が、サラに飛びつくように覆い被さってきた。
サラは思わずぎょっとする。
「ダメだ。それでもいやだ。どれだけ他人に愛されても、サラが愛してくれなくちゃいやだ。
サラがどこかに行っちゃいやだ。サラが私以外の男を愛しちゃいやだ。私の体が、サラのごはんでできてないといやだ。
サラがどこかに行っちゃう可能性が少しでもあるなら、閉じこめなくちゃ耐えきれない」
必死に言いつのるレイは、確かに少し、常軌を逸しているのだろう。
だが、いくら常軌を逸していようとも。
「かまいませんよ。私にはいつでも、気分次第であなたを殺せるのですから」
レイの顔が近づく。長いまつげが、サラのまぶたにぶつかる。
サラは、ぎょっとしながらも、目を閉じてレイのくちびるを受け入れていた。
レイからのキスは一瞬で、すぐに彼は飛び退いたけれど。
それでも、レイはサラの目を、正面から見て言い切った。
「サラ、君を一生離さない」
サラは思わずクスリと笑った。
「あなたの命は私のものだと、決まってるんですけどね」
バクバクと高鳴る心臓は、お互いに触れないことにした。
どれだけ病んだ執着を向けてもかまいませんよ、あなたはとてもがんばっていますし、私はその気になればいつでも殺せるので(スナイパーヒロインだからね……)
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次回は本日18時。明日6時にラストまで全話掲載します。




