8.3
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母は、人間関係に問題を抱えている人だった。
どう言ったらいいのかな、自分がどう見られるかには人一倍関心があるけど、他の人がどう思うかにはまるで関心がない人だったんだ。
母は北部の、大きな街がある領地で育った貴族でね。
王都から呼び寄せた家庭教師たちに、一流の貴族令嬢たるべく教育を受けたっていつも自慢にしてたんだけど。
ほら、「これぐらい当然よ」って、与えられたものを自慢しちゃうタイプっているでしょ?
本人は本当に、与えられるのが当然だと信じてて、与えられたものがないと出せなかった成果を、全部自分の努力だと思ってるタイプ。
母もそのタイプで、学ぶ機会を人より多く与えられた自覚がなくて、人より多く学べた自分を自慢にしてた人だった。
折れたらもろいタイプだよね。しかも折れやすい人だった。
政略結婚でペトルシアに嫁いできてから、母の心はドンドン折れていった。
貴族女性たちって、各屋敷で晩餐会やお茶会を開く、まあいわゆる社交界があるんだけど。
母は社交界で嫌われててね。
どうも実家にいたころは、社交界で母が何かする度に、祖父母がすっごくフォローを入れてたらしいんだけど。父はまったくフォローしない人だったんだよ。
たとえば、国王陛下がご結婚なさったばかりのころ、上級貴族たちを招いての大きな晩餐会が開かれたんだ。
王妃様は外国から嫁いでこられたから、この国のしきたりをうっかり忘れちゃったんだよね。
えーと、この国で王族は、正式な場で黒一色を着ると喪服扱いになる。でも、黒一色じゃなくて、違う色のスカーフとかをつければOK。
なんだけど、夏だったから王妃様、黒いドレスを着てるのに、スカーフをはずしちゃったんだよね。
まあ、もうみんなあちこちで立ち歩いて歓談してる時間になってたから、みんな見ないフリしてたんだ。
それなのに、母は会場に響き渡る大声で、王妃様のスカーフがはずれてるのを指摘して、「公式な場のマナーをご存じないのでしたら、わたくしが教えてさしあげますわ」
って言っちゃったんだよね。
シン、と会場が静まりかえった。
私はその頃、5歳ぐらいだったかな? 凍り付いた空気に、子供心に血の気が引いたのを覚えてる。
だって、王妃様に対して臣下の妻が「まともな躾も受けてないのね!」って暴言吐いたようなものだからね。
父は王妃様たちに平身低頭して、母を引きずり出して行った。私は両親にうっかり忘れられてね。でも、母のしたことがあんまりだから、王妃様に謝ったんだ。
「申し訳ありません。母は、王妃様と仲良くなりたかっただけなのです」
嘘って思われるけど、これも本当。母は仲良くなりたい相手には、上から目線で「教えてあげるわ!」って言って仲良くなろうとする人だった。
王妃様は私の頭をなでてくれて、国王陛下に母を許してあげるようにとりなしておくって約束してくれたよ。
伯爵に任ぜられたときから、国王陛下がやさしくしてくれるのは、王妃様の口添えがあったおかげだと思う。
皆さんも想像してみてください……。上司の奥さんがうっかりしてしまった些細なマナー違反を、いい大人の家族がデカい声で、衆目を集めながら注意してしまった瞬間を……(キャーッ)
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