7.7
探しに来てくれた領民の中で、もっとも体格のいい大男におぶわれ、レイモンドは屋敷への帰路を行っていた。
「大丈夫? 私は上背があるから重くない?」
「いやあ、これぐらい、俺は農民ですからね。力仕事は得意ですよ。それより伯爵……」
「何?」
言いよどむ大男の代わりに、隣の男が言いかける。
「いえね……ご領主様、お屋敷に帰られたらお覚悟なさっていた方が……」
「え、何の?」
「……」
言いかけたくせに、彼も黙りこむ。
「あの、何の覚悟? ねえ?」
「………………」
迎えに来た全員が沈黙した答えは、屋敷に入ってすぐわかった。
ギルマン邸は貴族の邸宅に珍しく、入り口から入ってすぐの玄関ホールが、軽くつろぐための椅子やテーブルが置かれたスペースになっている。
有事の際には家具を撤去し、武装した兵が出陣前に集合できるスペースになるのだ。
今は平時であるため、客が来た際に旅装を解いて、飲み物で喉を潤したりする場所である。
そして今日はテーブルの上に、ごちそうがどっさりと積み上げられていた。
ローストビーフ、タルトタタン、ザワークラウトに干したイチジク、スコーンが山盛りに盛られた大皿の隣には、木イチゴのジャムとクロテッドクリームが瓶ごと置かれている。
夢のような光景だ。
が。
テーブルの周囲に集まった領民の表情は、これから悪夢が始まるぞ、というような青い顔である。
テーブル前にフィリップの姿を見て、レイモンドはホッとして声をかけた。
「フィリップ、ケガは無い?」
おぶってくれていた領民が床に下ろしてくれたので、レイモンドはおぼつかない足取りでフィリップの小さな体に近寄る。
「僕はない……けど……、伯爵は?」
「私もないよ」
瞬間、張り詰めた空気に、キャロルがそっと寄ってきてレイモンドに耳打ちする。
「伯爵、今は正直に言わないとダメです。ヤバいです」
血の気が引いたレイモンドも、小声になって訂正する。
「ちょっとしたケガしかしてないから……、心配いらないよ」
再度、空気が張り詰める。
キャロルはさっと立ち上がった。
「ね、ねえ、伯爵もご無事だったみたいだし、あたしたちはフィリップの今後について話さない?」
背負ってきてくれた農民の男が、ガッツポーズして賛成する。
「そうだな! フィリップの今後について話そう! 農工業学校に場所を移して!」
菓子屋のおかみさんが手を叩き、大声で集まった領民たちをうながした。
「さ、そうと決まったらさっさと行くよ! じゃ、伯爵、お大事になさってくださいね!」
そそくさと立ち去ろうとする領民たちの中、唯一フィリップだけが勇気を振り絞る。
「あのね、伯爵は僕を助けてくれたの。だから……その……、お尻ペンペンしないであげてね」
フィリップがおずおずと声をかけたのは、背中にライフルを背負って、ホールに仁王立ちしているサラに対してだ。
鳴るはずのないゴゴゴゴ……、という地響きが、サラの怒りから起きているような錯覚を覚える。
サラはすっとしゃがみ、フィリップと目を合わせた。
「フィリップ君、大人になればわかりますよ。叱られることの必要性が」
フィリップがこくりとうなずくと、サラは手早く、テーブルの上にあるごちそうを、持てるぐらいのサイズに包んだ。
「せっかく皆さんが持ってきてくれた食べ物ですから、あなたも召し上がってください」
フィリップはまたこくりとうなずくと、屋敷を立ち去ろうとしている領民たちに加わる。
二人が黙って領民たちを見送ると、玄関ホールに人気はなくなった。
屋敷には使用人たちがいるはずだが、姿を見せようとはしない。
状況を一言で説明すると、領民と使用人全員が、激怒したサラを恐れて逃げたのである。
唯一逃げられないのは、怒らせた当人のレイモンドだ。
サラはいつもの無表情ではなく、怒気に目をかっぴらいた表情で言った。
「さて、レイ。本当に心配いらないと思いますか?」
ドラゴンが空を舞う辺境に住まう民も逃げ出す、激怒しているスナイパー(男が危ないことすりゃ嫁やママがブチギレるのは当然です)。
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