7.6
バシュッ。
その音はかすかで、ほとんど聞こえないぐらいの音量で、しかし、何よりも重い重低音だった。
瞬き程度の間を開けて、金属同士がぶつかり合うような、カチンという音が次いで鳴る。 レイモンドの苦痛が、ぶわりと解けた。
ドラゴンの胸に小さな穴が空き、穴から光が、血のように噴き出している。
カチリという音は、ドラゴンの鱗に金属が当たった音だったようだ。
「グギャ……ギア……」
巨体に合わぬか細い悲鳴を上げて、ドラゴンの翼が、助けを求める人間の手がごとき動きをした。
その動きを最期に、ドラゴンは光の粒となって消え去っていく。
レイモンドは思い出した。
ラクール一族の聖堂に踏み込む直前。
頭上から響いてくる、怒鳴り合う男女の声を斬り裂くように、まったく同じ音を聞いたのだ。
音を聞いた直後、足下に植木鉢が落ちて割れた。
植木鉢の落ち方が、奇怪な動きだったのを覚えている。
まるで、落ちる途中で何かに弾かれたような動きだった。
何があったのかわからなくて、顔を上げると、ラクール一族の館から、変な鉄が覗いているのが見えて。
その奥に、黒い人影が見えた。
何が起きたのかはわからなかったけれど、なんとなく、あの人影が守ってくれたと感じたから。
だから、ラクールの聖堂で、あの変な鉄がライフルだったとわかってうれしくて。
大叔父上に「結婚しろ」と命じられた相手が、守ってくれた人影だったとわかってうれしくて。
利用するためだけに結婚しようとしてたのに、自然と本心から言ってしまった。
『サラが好きだよ』
きっとまた今回も、サラが私を守ってくれた。
「狙撃」ってすごいな、見えないぐらい遠くから、ドラゴンを一撃で倒してしまった。
私ってだめだな。
サラに守られてばかりで、ひと様に助けられてばかりで、ちゃんと愛してもらってもいい人間になりたいのに。
こんな男、サラにもきっと、捨てられ、る?
「クアー!」
夜空から、白い影が疾風のように飛んできた。
この憎たらしい鳴き声は――。
「初号機!?」
地面にはったまま、驚きの声を上げるレイモンドの目の前に、コダマガラスが降り立つ。
「お前、どうして……」
レイモンドの問いを、わざとさえぎるかのように、コダマガラスは声を発した。
『早く帰って来なさい』
落ち着いた女性の、包み込まれるような声。
「サラの声!?」
再度レイモンドは驚きの声を上げる。
初号機にリアクションがないので、気づく。
「ひょっとして……、伝言? サラからの伝言なのかな?」
初号機はそうだとうなずくような仕草をすると、もう一度口を開いた。サラの言葉が発せられる。
『すぐに迎えがきますから、早く帰って来なさい』
迎え?
レイモンドは腕に力をこめて、無理やり上半身を起こす。崖下に、ひとかたまりの灯りが見えた。
「伯爵ー!」
「ご領主様ー!」
「ギルマン伯爵ー! どこですかー!?」
「レイモンド様ー!?」
領民たちの呼び声が近づいてくる。
灯りは、領民たちが手に手に持ったランプで。
彼らはきっと、サラの許しで、命令に反してレイモンドを探しに来てくれた。
初号機はサラからの、最後の伝言を話した。
『おなかがすいたでしょう?』
レイモンドはとっさに言葉が出ず、黙ってうなずく。初号機が目印となるためかのように、空中に飛び上がり旋回する。
レイモンドは、出ない声を張り上げた。
「ここだよー! ここにいるよー!」
スナイパー! サラ・ラクール! スパハニが来た!(ババーン!)
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