7.5
ドラゴンは生き物ではない。
ドラゴンと相対し続けてきた、狙われ続けてきたレイモンドが、観察した結論だ。
人間だったころの、人間らしい心はなく。
かといて、他の動物や魔獣らしい本能もない。
ドラゴンは、いわば記憶の残骸だ。
なぜ、ドラゴンが家族を襲うのか。
それは、ドラゴンにたったひとつ残された、記憶の欠片がそうさせる。
生き物でない存在が、動いて空を飛び回っているのだ。
世界の自然に反している。
自然の摂理に反する存在が、この世に存在する罰として、ドラゴンは常に苦痛に苛まれている。
息を切らして、レイモンは吠えた。
突進し、ドラゴンの翼に魔剣を突き立てる。
ドラゴンが翼を広げた際にできるひれの部分は、鱗がないために少し柔らかい。渾身の力を振り絞れば、剣を突き立てることは可能だ。
ドラゴンが翼を振り、レイモンドを払い落とそうとする。
逃がさない。
突き立てた魔剣に力をこめ、レイモンドはより深く魔剣を刺す。
「ギャウッ」
レイモンドは、自分の方が獣のような悲鳴を上げた。
ドラゴンが、自身の苦痛を移す射程範囲に、レイモンドが入ったためだ。
「いい……、これでいいんだ……」
息を荒げてうずくまりながら、レイモンドは、みじめに地面にはいつくばり、うめいた。
地に伏せながらも魔剣を手放さないがため、ずるずるとレイモンドの体重で、ドラゴンの翼が斬り下げられていく。
しかし、ドラゴンはうれしげに、口笛でも吹くかのような音を出した。
「う……ッく……ッ」
ドラゴンと密着した人間は、ドラゴンが苛まれる苦痛を移譲される。
苦痛の感覚は独特だ。
トロトロと生ぬるい火で、内側からあぶられているような熱さ。
内側からの熱さによって、体内に水気が多すぎるにも関わらず渇きにもだえているような、奇妙な苦しみを覚える。
「あッ……、ほしい……」
言葉にすると、ほしい、という渇きだ。
しかし、具体的に何がほしいのかが浮かばない。
ただただ、体内にぽっかりと空いた空白を満たす、何かがほしい。
いや、本当に体に空いた空白なのか? 精神の空白ではないのか?
トロトロと熱にあぶられる苦痛は、心身のどちらの空白を埋めたいのかという思考を散漫にする。
レイモンドの肌に玉の汗が浮かび、全身をしとどに濡らす。
「ほしい……、ほしいよう……ッ」
思わず口調が幼くなる、ほしい、ほしい、ほしくて苦しい、だれかたすけて。
「ひ……う……ッ」
レイモンドは知っている。ドラゴンが家族を襲うのは、唯一残った記憶の欠片が、人間だった頃に助かった記憶の断片だからだ。
あいつが苦しんでくれたら、ほしいものが手に入る。
何がほしいのかわからなくても、”あいつ”が自分にとって何なのかわからなくても、人間だったころの助かった記憶が、ドラゴンに同じ行動をさせるのだ。
だれかたすけて、と。
苦しさにレイモンドの視界がぼやける。涙が下まつげに溜まり、濃いクマを濡らす。
それでも、レイモンドは魔剣を握りしめたままに、ドラゴンに問いかけた。
「わた……し、でで終わり……に、して……くれないか……な?」
ドラゴンが、何がほしいのかわからないけれど、ひとを苦しめることで渇きが満たされるのなら。
家族でなくても、レイモンドでも、苦しむ者は代用できるかもしれない。
だって、家族を殺したドラゴンは、みんな無差別に人を襲って、1年ぐらいで暴れ苦しみながら死に至るじゃないか。
「私を、どれだ、け苦しめて、殺し、ても……ッ、いいか……ら……、苦しめるの、は……私で……終わりに……して……」
引き換えに、もう誰も襲わないで。
レイモンドの出した条件を受けるように、ドラゴンは、深く、頭をレイモンドの体に近づけてきた。
鱗に覆われた瞳はらんらんと光り、生臭い息が吹きかけられる。
こうして殺されたなら、サラは喜んでくれるかな。
こうして苦しんだら、愛されてもよくなるはずなんだ。
喜んで、愛してほしいなあ。
サラを利用しようとした罰は、ちゃんと苦しんで殺されるから。
でも、できれば、もう一度。
おなかいっぱい、食べさせてほしかったなあ。
ドラゴンがいかなる存在か明かされる回です。美青年がサービスシーン的に苦しむのがメインに見えるのは、あなたの性癖の問題です。
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