7.4
※
部屋に帰ってきた初号機に、ご褒美のゆで卵を食べさせていると、いきなり天井の板が開いた。
「奥様! 緊急事態です」
「だから、普通にドアから入っていただけませんか?」
内心かなりビクっとしたものの、いつも通りの無表情で、サラはタエコに言う。
天井裏から逆さに頭を出しているタエコは、めずらしくあせった様子である。
「こんなこともあろうかと、ひそかに天井に入り口を作っておきました。そんなことより奥様、緊急事態にございます!」
「何があったのですか」
ツッコミどころ満載だが、ツッコんでいる場合ではないようだ。サラの質問にタエコが口早に説明を始める。。
「領地の学校の教師が、担任している生徒が登校してこないので、不審に思って家庭訪問をしたのです。まだ6歳の1年生でしたが……、問題を抱えた家庭だったそうなので。
すると、「パパがドラゴンになったので、さがしにいっています」と書き置きが残されていて、親子共に行方不明のままでして」
「母君はどうされたのですか?」
「父一人息子一人の家庭でした。父親は何年も働いておらず、そのために母親は去年、働き過ぎで亡くなっています」
「なるほど」
外では、太陽が今まさに沈みつつある。子ども一人で夜道は危険だ。ドラゴンと化した父親の動きも、不確定すぎる。
「それで、レイはどうしているのですか?」
「それが……旦那様はもう何日も、お食事を召し上がっておられないのに……」
タエコの前振りに、嫌な予感が走った。
「ドラゴンが危険だからと、領民たちの捜索をやめさせて、お一人で子どもを探しに行かれました!」
※
ギルマン家は代々辺境伯。国境を治める役目の家だ。他国からの侵略には、真っ先に防波堤となる武門の家である。
武門の習いで、家には代々、魔剣と呼ばれる剣が伝わる。
柄に彫られた古代文字で見敵必殺とある通り、夜に抜けば刃が光り、探し人がいる方向を照らし出す魔剣だ。
王家から、他国への売却も譲渡も禁じられている、国家指定宝物魔道具である。
指定できる探し人は一人だけだが、ドラゴンとなった父親を探しに行った子どもを捜索対象に指定すれば、自ずとドラゴンの居場所もわかると、レイモンドは知っていた。
知っていたから、こんな山中でも一人で来ざるを得なかった。
腕ほどの長さがある魔剣は重く、山道を登ってきたレイモンドの体力は、とっくに限界を迎えている。
「伯爵、だいじょうぶ?」
不安げ子どもの声に、レイモンドは自分の声音をやさしく、おだやかに、落ち着かせるトーンに作り上げる。
「大丈夫だよ、えっと、フィリップ?」
子ども――フィリップは、おずおずとレイモンドの顔を見上げる。
「ここは私にまかせて、あそこ、ほら、見えるかな?」
レイモンドは山道の端、切り立った崖部分の、崖の下でなく崖の向こうを指さした。
直線上の高台に、ギルマン邸が建っている。
完全に一直線になる位置に、屋敷の塔があった。
屋敷の中から光が漏れ、その中でも塔の窓から漏れる光は、とても明るくまぶしく感じる。
あの塔には、サラがいる。
「ほら、あの屋敷、見える? 光ってるよね?」
フィリップはこくんとうなずく。
「私がなんとかするからさ、フィリップはあの光っている屋敷に行ってくれるかな? 君を守ってくれるよ」
「でも……」
フィリップは、おずおずとまた問うた。
「ほんとうに、伯爵は、だいじょうぶなの?」
レイモンドは笑顔を作ったままうなずく、そっとフィリップの背を押す。
「行って。早く」
フィリップが山道を走って下っていく。レイモンドの表情から笑顔が消え、奥歯をぐっと食いしばった。
おなかすいたなあ……。
空腹で力が入らない体を奮いたたせ、レイモンドは正面を見据えた。
眼前にドラゴンがそびえ立っている。
華奢な辺境伯レイモンド・ギルマン、子どもを逃すため一人山中でドラゴンと対峙する回でした。
ブクマ、評価、いいね、ありがとうございます。毎日更新。しばらく6時18時の一日二回。お気に召したら評価をポチっとお願いします。




