7.3
※
夕暮れ。
「ただいまー」
帰宅の挨拶をしながら、キャロルは返事がないように祈った。
父がドラゴンと化し、母が逃げた今、キャロルが祈るのはそればかりだ。
どうか、父さんも母さんも、帰っていませんように。
両親が家にいたころは、もっとたくさん祈ってたけど。
お菓子が食べたいとか、あったかい服が着たいとか、寝たいとか、色々祈っていたけど。
帰っていませんようにと祈るようになったのは、二人がいなくなって、一人で暮らし始めてからだった。
だって、いなくなった生活なんて、想像もできなかったし。
コンコン。
窓を叩く音がして、キャロルはビクッと体をすくめる。
帰って来ちゃった? 父さんが? 母さんが? もしかしたら両方が?
「家に入れなくちゃ……」
両親が帰ってきたなら、家に入れなくちゃ。わかっているのに体が動かない。
コンコン。
再度窓を叩く音。キャロルは不安で、床にへたり込みそうになる。
瞬間。
「クアー!」
鳥の鳴き声がして、キャロルはホッと息を吐いた。
鳥が窓を叩いているだけだ。両親が帰ってきたんじゃない。
それでも音の正体を確認しないと安心できず、恐る恐る、キャロルは窓のある部屋に入る。
「クアー!」
「よかった……」
窓を叩いていたのはやっぱり鳥だった。カラスのように見えるが、羽が白い。見たことがない鳥だ。白い羽に夕日が反射して光っている。
「中に入りたいの?」
「クアー!」
そうだと言うように鳥が鳴くので、キャロルはそっと窓を開ける。
周囲をキョロキョロと見回し、両親が帰っていないのを確かめている隙に、窓から鳥が入ってきた。
「クアー!」
テーブルに飛び乗った鳥が、大きく鳴く。
「あ、ちょっと……」
『勝手にあなたの事情を聞いてしまってすみません』
「きゃーーーっ! 鳥がしゃべったーーっ!」
白い鳥が、人間の女の声でしゃべり始めた!
悲鳴を上げるキャロルには答えず、鳥は女の声で謝罪を続ける。
『私の大切な人も、あなたと似た境遇のようらしく、今、困った状況にあります。そのため、現状に至った理由を知る必要がありました。
しかし、あなたにとっては気分がよくないことと存じます。すみませんでした』
「で、伝言……? 伝言なのコレ……」
白い鳥がそうですという雰囲気でうなずいたので、キャロルは伝言だと思うことにした。
きっと何か、しゃべる能力がある魔獣なんだろう。
鳥が発した次の言葉で、伝言だと確信し、確信してよかったと思った。
『あなたのご両親は亡くなりました。お母上はドラゴンに殺され、お父上は私が殺しました』
よかった……。
声の主が誰かはわからない。道徳的にはは声の主を、憎むべきだとわかっている。
でも、今は、安心して腰が抜けた。
よかった。もう、父さんも母さんも、帰ってきたりしないんだ……。
鳥の伝言は続く。
『お菓子屋のおかみさんは、本当はあなたに「お菓子ばっかり食べてちゃダメよ。ごはんもちゃんとお食べ」と言いたいそうです。
もし、ご両親を殺した相手の提案でもよければですが。
ギルマン家の屋敷まで、いつでもごはんを食べに来てください。サラ・ラクールの客と言えば、招き入れられるはずです』
キャロルは初めて、口に出して言った。
「お肉、食べたい」
言ったというより、求めているものが口からこぼれたに等しかった。
キャロルの稼ぎでは、現状お菓子の買い過ぎで、食事はきちんと採れていない。
でも、ずっと、あの時母さんに踏み潰されたクッキーが忘れられなくて、それでお菓子ばかり買っていた。
体が肉の栄養をほしがっているのに、気づかないふりをしていた。
でも、お菓子屋のおばさん、ずっと心配してくれたんだ。
この伝言をしてきた、サラ・ラクールという人も、あたしの体を心配してる。
伝言を伝え終わった白い鳥は、窓から空に飛び立っていく。
「ギルマン家って、ご領主様のお屋敷だよね? い、行こうかな? 行ってもいいのかな? ずうずうしいんじゃないかな?」
残されたキャロルが、一人オロオロ逡巡していると、今度はドアがノックされる。
ついで大声で、キャロルを呼ぶ声がした。
「キャロルちゃん! 無事かい!?」
お菓子屋のおかみさんだ! キャロルは飛び跳ねるように、入り口のドアに走る。
「おばさんっ、あのっ、あたし……」
お菓子屋のおかみさんは、キャロルが自分が何を言いたいかを考えている間に、丸々とした腕でキャロルを抱きしめた。
「よかった……アンタは無事だね」
尋常じゃないおかみさんの様子に、キャロルはやわらかい腕に包まれながら問う。
「どうかしたの?」
おかみさんは言った。
「新しいドラゴンが出たんだ。子どもが一人、それから」
「それから?」
「レイモンド・ギルマン伯爵が行方不明になってる」
落日。
けっこうみんな、陰で心配しているものですよ(スナイパーのママ仕草)
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