7.1
サラはベッドでゴロゴロしていた。
昨日まではいつも通り、日がな一日スコープを覗いて、領地を観測していたのだ。
今日になって、初めての感情を覚えた。
スコープを覗くのに疲れた。
基本的な話だが、スナイパーならば疲れないということはない。普通に人間の肉体だ。集中して何かを観測し続ければ、心身共に深く疲労する。
疲労を補うのはタフな精神力。それのみである。
話を単純にすると、一週間もレイが来ないので、観測する精神力が尽きたのである。
なぜ、レイが来ないぐらいで精神力が尽きたのか、ベッドでサラは考える。
スナイパーとして狙撃の機会をうかがった期間は、ドラゴン撃墜時の半年間を筆頭に数週間はザラであったし。
狙撃のために潜んで観測しているときは、飢え渇き寒さ暑さなど無い方がまれだった。
今回はたった一週間、タエコが届けてくれる三食おやつ付きで、火鉢を炊いて暖かい。
超快適環境にもかかわらず、疲れてスコープを覗く精神力が尽きた。
精神力が尽きる可能性たり得るものを想定し、一つ一つ消去していく。
気づく。
「ああ、私はさびしいんですね」
今まで、人間と関わり合うめんどうくささを感じても、さびしいなんて感じたことはなかった。
それなのに、レイと会えないだけで、どれだけ恵まれた環境でもさびしい。
もう来ない、とレイは言った。
きっと混乱していただけ。自分が理解したくないことを理解させられそうになったから。
でも、理解させようとする女なんて、嫌いになったのでは?
でも、またでも、レイ、あなたはまだ理解できていない。
もし、私が「妹が死ぬと気分がいい」って言ったらどうする?
「私に喜んでほしいから」人を殺すことになりますよ?
自分の心も自分の意志も希薄に、軽々に、流されるように、人を殺すと決定することになる。
相手に与えられた以上に返し続けた人間の、行き着く先はそこなんですよ。
レイ、私はあなたに、そんな風になってほしくない。
返しすぎるのは、私で終わりにしてほしい。
他の誰かに、取り返しのつかないものを、奪われる前に。
いえ、きっともう既に、奪われてしまった後なのだろうけれど。
レイはああ見えて、命がかかった状況で、他人のために命を張れる。
勇気といえばそうだろう。
でも、レイは、どこか底が抜けてしまった人間に見える。
身を守るために必要な、底が。
レイ、気づいて。私はあなたの「喜んでほしい」という気持ちそのものだけが、一番尊くて、うれしくて、好きになったの。
だからあなたの危なっかしさが、ほっとけなくて、守りたいの。
「クアー! ドラーゴン! ドラーゴン!」
ベッドで考え込んでいると、初号機の鳴き声が響き渡った。
コダマガラスの白い羽が、真昼の太陽を受けて輝いて、板戸の隙間から飛びこんでくる。
「ドラーゴン! ドラーゴン!」
鐘の音のように響く鳴き声に、サラは跳ね上がるようにベッドから出た。
「初号機! ドラゴンの情報を集めてきたんですね」
サラの左腕のローブに、初号機が止まり、鳴く。
「ドラーゴン!」
サラはテーブルの上から、ゆで卵を取って初号機に見せた。
「いい子ですよ、初号機。ご褒美です。はい、あーん」
殻ごとのゆで卵を、初号機のくちばしに持っていき、右手に力を込めて殻を砕く。半分に割ったゆで卵を、初号機のくちばしの中に放り込む。
「クアー!」
「いい子です。情報を話して」
初号機はほめられたとうれしげに、もう一度「クアー!」と鳴いて。調べてきた音声を再生し始めた。
『あの娘、気の毒ねえ。お父さんがドラゴンになるなんて』
『そうかしら? お父さんがドラゴンになったおかげで、救われたと思うわよ』
疑似母子をやっていた女が、母でなく女と自分を自覚する瞬間も、とても性癖。
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