1.3
まったくの出来レースだ。
サラの処刑というゴールに向けて、「何にもナシではいけないから」審問会を開いている。
王都に住まう一族の元に帰還したその足で、拘禁されて10日。
見張りから漏れ聞いた言葉と、メアリが得意げに話す内容から、サラは状況を理解した。
サラが山中にこもっている半年の間に、メアリは一族の中に、自分を聖女に推す派閥を作っていたのだ。
一族内において政権で甘い汁を吸いたい連中のうち、気に入りのおべっか使いを集めて、メアリが聖女となったあかつきには――と、いう凡庸な話である。
元よりサラは聖女の地位に興味はなく、メアリ一派は手堅い勝負のつもりだった。
ところが。
ドラゴンを一人で撃ち倒した話を聞きつけた国王が、サラを聖女にしたいと打診してきたのだ。
国王からすれば功績を称えてだが、メアリ一派からすればいきなり土台をひっくり返されたようなものである。
正式な王命が下る前に、急ぎサラを始末せねばならない。
と、いう経緯で、メアリは長老(そして聖堂にいる一族)に向けて、涙ながらに訴えているのだ。
「お姉様は、権力に目がくらんでしまったのですわ。わたくしが王に背くなんて、不戦協定をやぶるなんて、まともな頭なら思いつくはずもありません。
それなのに、わたくしに不戦協定を破り、共に城に攻め込もうともちかけたのは、どうしたって現実なのです。
おお、神よ。我が一族の名に泥を塗るような、そんなおそろしい謀を。まさか実の姉が」
言うまでもないが、メアリの訴えはすべて嘘である。
サラは権力に興味はない。
しかし、想像力の足りない人間というものは、自分がほしいものがほしくない人間の存在を、想像することができない。
メアリ一派の脳内において、涙ながらの讒訴でサラを謀殺するのは、自分たちから聖女の座を奪い取ろうとされたがための正当防衛なのだ。
石造りで窓が無い聖堂で、無数の蝋燭に照らされた被告人の座に、サラはひざまずかされている。
壁際に聖服を着て立つ両親をチラリと見るが、父親は視線をそらし、母は人形のように動かない。当然だろう、メアリが真っ先に抱きこんだのは、両親に決まっている。下の娘が茶番を終えれば、聖女の親としてどろどろに甘い汁が待っているのだ。
長老がサラに問いかける。もう目も開かぬ老人でありながら、見える者よりよく動く老人である。
「メアリの申すことは真か?」
サラはうんざりして答える。
「嘘八百ですが、どう答えても結果は同じでしょう」
サラの処刑はすでに決まっているのだ。今しているのは「何にもナシではいけないから」の茶番である。一族内から文句を出させぬための、劇場裁判だ。
証拠に、サラのライフルは没収されず、背中に背負ったままである。
今行われている審問会は、国家の管轄下ではない。いわば、内輪で勝手に行う私刑。
ラクール一族には、一族間の自治が不戦協定によって許されているため、ヴァルドラガン王国は咎められない。
が、それはそれとして、実姉が国王を暗殺しようとしていた聖女、ではケチがつく。
残虐際まりない処刑方法での処刑を言い渡し、恐怖心からサラが自害するのを待っているのだ。だから、ライフルを奪わない。
王に「理由は不明でございますが、ご指名の聖女候補サラは自害いたしました」と報告するために。
聖堂に並ぶ一族の中で、非戦闘員はメアリと両親だけだ。
残るは長老を含め30人。戦闘特化の魔人どもである。
ドラゴン殺しのライフルといえども、30人を相手はきびしい。
だが。
「すべて些事」
サラがつぶやくと同時に、30人の魔人どもが一斉に構えた。
空気が、ぐわりと動いたのだ。
サラは背中に背負ったライフルを抜いた。
「生殺与奪はスナイパーが決める」
ラクール一族の魔人どもが、一斉にサラに襲いかかる。戦闘を始めたのはサラの宣言だ。サラは、ライフルをメアリの心臓に向ける。
ライフルの的だと気づいたメアリが、真っ青になる。
「お取り込み中申し訳ない!」
突然割り込んできた大音声に、全員の動きがピタリと止まった。
メアリがわめこうとするのを、長老が手の動きだけで制する。
「ここは聖堂でございまするぞ。貴族がなにゆえじゃまをなさる」
長老の問いに、たった一回の大音声で息切れを起こしながら、乱入者は返答した。
「私はペトルシア伯レイモンド・ギルマン……! サラ・ラクールに結婚を申し込みに参りました……!」
サラはめずらしく、ポカンと間抜けに口を開けた。
聖堂の入り口で息切れを起こしているのは、さきほど植木鉢で頭を砕かれそうになっていた、あぶなっかしい男だったのだ。
「は? 結婚? あなたと?」
甲賀忍法帖みたいなカンジになりましたが、ちゃんと辺境伯に結婚を申し込まれました!(できてるもんできてるもんの顔)。
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