6.4
朝、サラがいつものローブ姿でベッドに座っていると、レイが階段を上がってくる音がした。朝食を運んで来たのだろう。
食器のカチャカチャという音が、彼がドアの前に立ったとたん、一瞬止む。
ドアの開く音が、焦ったようなガチャガチャ音に変わり、レイはバンと荒く扉を開いた。
「サラ……」
「おはようございます、レイ。体調はどうですか?」
「サラ、なんで……」
落ち着いた挨拶をするサラの存在が信じられないと、駆け込もうとするレイを、サラは制止する。
「ゆっくりと、私の朝食がこぼれます」
機械的なまでに指示に従い、ゆっくりと朝食のトレイを床に置いたレイは、息を軽く吸ってもう一度問うた。
「なんで、鍵が開いていたのに」
サラはベッドから床に下り、ポットからティーカップに紅茶を注いだ。
一口飲んで、言ってみせる。
「開いてたんですか? 気づかなかったですね。それより、夜中に男が忍んできたと言ったら妬きますか?」
「今は妬かない。でも、夜中に来たのなら、君は鍵が開いてるのを知ってたはずだ」
サラはカップを置いて肩をすくめた。
「うっかりしてました」
レイは叫んだ。
「そんなうっかり、するはずない!」
サラはわざとうるさげな態度を取った。
「うっかりしていた。それ以上は今はよいでしょう。ポトフを温めるので食べなさい。私は自分の朝食をいただきます」
「サラ!」
サラは、もう一度、ゆっくりと命じた。
「食べなさい」
レイは、力が抜けたように座りこんだ。
「私を置いていかないの?」
サラは火鉢に火を点けるため、ライフルを用意しておいたたき付けに向けた。
「置いていけませんよ、あぶなっかしくて」
銃声が響いた。
取り乱していたレイの前に、やわらかく煮込んだカブとにんじん、そしてメインのミミアリマムシの肉をのせた皿を置く。
レイは、はっとしてナイフとフォークを手に取った。
よく煮込まれたミミアリマムシの肉は、軽くナイフを入れるだけで切れる。
フォークに刺した肉を、レイは口に入れる。噛む。飲み込む。小さくつぶやく。
「おいしい……」
「そうでしょう」
何年ぶりかの固形肉を、レイは食べた。食べられた。
レイ、なぜ、あなたがここまで追い詰められてしまったのか、知りたい。
本当に知りたいことでなく、二番目に知りたいことをサラは問うた。
「蛇使いは結局どうなったんですか?」
レイは肉を、子どものようにバクバクと頬張った。
ごくりと飲み込むと、今度はにんじんをフォークに刺す。
「軍の施設にね、諜報部の人がいるんだけど。えーと、タエコと初めて会ったときに知り合った人で、で、その人に頼んでみたんだ。諜報員をスカウトしてくださいって」
「スカウト?」
「うん、自分から売り込んでくる人を、諜報員にするわけにはいかないから。そっちからスカウトしてって。あの蛇使いを」
どれだけ他人の信用を得るのが上手いんだ、スカウトしてとか言ったら、自分が逮捕されてもおかしくないぞ、諜報員は。
「まあ、ミミアリマムシを自在に操る異能は、諜報活動にうってつけですね」
「でしょ! あの人欲得で動くから、お金次第でのってくるよって言ったら、その通りだったカンジ。ついでに王宮での噂を聞いたら、もう妹さんの取り巻きで、実力行使に出られるラクール一族はいないってさ。ねえ、このまま妹さんを聖女の座から落とすこともできるよ。適当な代わりの人間を後釜にしてさ。ねえ、サラ」
レイが会った時と同じ、こびるような笑顔で提案してくる。
サラはトーストの上に、サラダと目玉焼きをすべてのせてオープンサンドイッチにした。
「レイ、もう受け取れません」
置いていったりはしないけれど「食べなさい」は、”ゆっくりと命じる”サラなのです。
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