5.3
念のために頭部にナイフが刺さった状態のまま、ミミアリマムシの口に水の入った鉢を置いて潰す。
毒が排出される牙ごと、潰して安全を確保したわけである。
ナイフを抜いて床の血液を布で拭い、血液を拭った布は空き瓶に入れる。山中の野営ならこんな手間をかけた処分はしないが、室内で毒の成分を含んだ体液は、慎重に処分しなければならない。
次にまな板(元テーブル端)の上にミミアリマムシをのせ、コンバットナイフで頭を切り落とす。
蛇の毒は口の中の毒腺で作られる。こうして頭さえ落としてしまえば、毒の心配はなくなる。
頭から滴り落ちる血を、サラはグラスで受け止めた。
ミミアリマムシの血には、マムシの血にはない効果がある。ミミアリマムシの毒に対する抗体を作るのだ。
抗体が体内で完成するまでに一か月はかかるので解毒には使えないが、だからこそ噛まれる前に捕まえれば血を飲まない手はない。新鮮でなければ生き血は食用に適さない。
貴重品である。
グラスに赤ワインを注ぎ入れる。臭み消しをして味も良くする、ペトルシアは元々、ワインやシードルを作っていた。
今は工業用アルコールが中心だが、地産ワインも味がよい。隣のチェイコンがワインの名産地なので、都会でおおっぴらに売ると商売として弱いだけだ。
ワインは箔をつけるためのブランド品として、よく利用される酒であるがゆえに。
ハイブランドワインをお出しして、まあ素敵! と、いった具合に社交に使う。
いくら味がよくても、ペトルシア産ワインは儲からない。
驚いたのは、ペトルシアが工業用アルコールに舵を切ったのは、チェイコン領主のアイデアだそうだ。
「だって、チェイコンといえばワインの名産地だし、あそこの伯爵はワインの商売の大ベテランだよ。絶対すごく詳しいじゃないか。だから、ペトルシアのワインが安くて困るって相談しに行ったら、なら、工業用アルコール造りはどうだい? って。やさしいんだよ、あの方」
そこらの水商売より年上のおっさんにねだるのうまいな、と。レイのコミュニケーション能力に驚嘆した。
コミュニケーション能力だけではない。
結果的に、お互いに相手の縄張りを荒らさないと、協定を結ぶにいたっている。
チェイコンはブランドワインの名産地。ペトルシアは工業用アルコールの新興工業地帯。
お互いの「売り」には手を出さないと、実質的な不可侵協定を結んでいるのだ。
チェイコンの伯爵もやり手だが、レイも相当頭が切れる。
「なぜ恋愛がからんだとたん、あんなにIQが下がってしまうのでしょう……」
グラスに注いだ赤ワインをスプーンでかき混ぜながら、サラはひそかに独りごちた。
さて、メイン食材。ミミアリマムシの胴の出番だ!
スナイパーズクッキング。本日の食材は蛇の魔獣、ミミアリマムシの血でございます。
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