1.2
発端。ドラゴンを殺せ、と命じられた。
通常は、東方の国境沿いにおける山林にしか生息しないドラゴンが、なぜか一匹、王都に近い山に移ってきたのだ。
周囲に住民が少なく、そもそも国境沿いの辺境に数多いるドラゴンはほったらかしなのに、出現場所が王都に少し近いだけで討伐軍を出しては、国境沿いの国民から不満が出る。
と、いうわけで、ラクール一族にお鉢が回ってきたのだ。
生まれながらに業を持って生まれる、異能の一族ラクール。
ある男は髪の毛を自在にあやつり、ある女は毒の息を吐く。一族それぞれ業は違えど、人の域を超えた魔人ども。
400年の昔、長き殺し合いの果てにヴァルドラガン王国とラクール一族は不戦協定を結び、王国の配下にラクール一族が下った。
不戦協定の象徴として、ラクール一族より16歳~18歳の、未婚の娘を聖女として輩出すると決定されたのも、今は昔。
400年の間に、不戦協定は盤石になりすぎて形骸化し。現在、聖女はラクール一族が王国の政治的地位にありつくための存在である。
当代の聖女は、サラと妹のメアリが候補とされていた。
先代の聖女が亡くなって、適した年齢の娘が他にいなかったためだ。
人間の傷や病を癒やす異能を持つメアリは、一族ではありふれた異能だが無難な異能。
対して、姉のサラの異能は、魔人どもの中でも異端の異能。
【ライフル】なる異形の武器を扱い、【ライフル】の手入れ道具や部品、見たこともないナイフまで、虚空から召喚する。さらには、【ミリ】や【メートル】などという、誰も知らない単位を使用する。
きらびやかな聖服も着ないで、常に真っ黒いぶかぶかのローブをまとっている。
愛想も表情もない。
ラクール一族は、自分たちが魔人とそしられるのも忘れ、彼女を魔女と呼んだ。
で、聖女は妹に、魔女たる姉は王国が討伐しようとした形だけがほしい、ドラゴン殺しをさせておこう、というわけだ。
父親からドラゴン討伐を命じられたとき、サラは特に感慨も無く答えた。
「殺す気になったら、殺します」
父親としては、ラクール一族の体面さえ保たればよいので、やる気の無い返答にも満足して送り出した。
かくして、街の隙間たる山中に派遣されたサラは、ドラゴンと対面する。
※※※
山中といえども住民はいる。
舗装されていない悪路を、ロバが引く荷馬車に便乗し、サラは山中の村に向かった。
「こんな山奥、泊まるところなんかありませんがね。あんた、どうしなさるつもりです?」
一言もしゃべらないローブ姿の女に、最初は多かった荷馬車の主の口数は減っていき、最後に一応とこう問われたが。
「問題ありません」
サラの一言のみの返答で、会話はすべて終了した。
サラとして無愛想が美徳と思っているわけではない。
無愛想を悪徳と思っていないだけだ。
それに、今は考えることがある。
(さて、ドラゴンは生かすか殺すか。どうしましょうね)
山中に到着した段階で、サラに課せられた任務は完了している。
生かすか殺すかは、殺す気になったら、でよいのだ。
そして現在、サラは殺す気になっていない。
理由は単純で、彼女は生き物を殺すこと自体に、楽しみを見いだす人間ではないからである。
瞬間。サラの体がピクリと反応した。
ギャアアアアアと、つんざくような鳴き声が轟いた。
ついでバサバサと、空気を震わす翼の音。
「ドラゴンだ!」
ロバの手綱をにぎる、荷馬車の主が悲鳴を上げた。
山上から降りてくる巨体は、赤銅色の鱗に包まれている。全長約5メートルが空にある。
荷馬車の主は狂ったようにロバを急かし、ドラゴンが地に落とす影から逃れようと馬車を走らせる。
サラは背中に背負ったライフルを抜いた。荷馬車に片膝を立てて座り、トリガーを引く右手の肘は、膝の上に置く。肩でライフルを固定する。
スコープでドラゴンをのぞく。
黄色い眼球を目があった。しかし、ドラゴンはすぐに目をそらして、別の方角を向いた。
(あのドラゴン、何を見た?)
一瞬の思考が、眼球という生物共通の弱点から、銃口の先を外させてしまった。
ドラゴンは一気に急降下した。
「!」
ドラゴンは荷馬車を意識したまま、森の中に突っ込んだ。
森から悲鳴が響き渡った。
風圧! 森の木々がたわむ。サラはとっさにフードで顔を覆う。
ドラゴンが森から急上昇する。ドラゴンのかぎ爪につかまれ、女が泣き叫んでいる。
サラは即座に銃口を、ドラゴンに向けた。
かぎ爪につかまれた女は主婦らしく、エプロンがあちこち裂けていた。
発砲!
サラが撃った弾丸は、ドラゴンの鱗にはじかれた。
「チッ!」
舌打ちし、サラは次弾の引き金を引く。またも鱗にはじかれる。かぎ爪につかまれた女が、荷馬車に向かって助けを乞おうとした。
女の口から、声ではなく血がゴボリと出た。
ドラゴンが女の胴体を、かぎ爪で握りつぶしたのである。
サラが女の生死に気を取られたすきに、ドラゴンは女を捨て、空高く舞い上がった。
地面に落とされた女に駆け寄るも、胴体がぐっしゃりとつぶされ、すでに事切れていた。
決めた。
「ドラゴンは殺す」
女を握りつぶすのなら、いつでもできた。飛び立つ前でもできた。
しかし、ドラゴンは、女に荷馬車を、助かる可能性を見せたときに殺した。
生き物を殺すだけでなく、苦しめることを楽しんでいた。
ドラゴンを殺すと決めたサラは、半年間山中にこもった。
一族からの帰還命令も無視し、衣食住は現地調達で、山中でドラゴンを狙い続けた。
サラは生き物を殺すこと自体に楽しみを見いださないが。
殺すと決めたら、なにがどうであろうと殺すのだ。
半年目。18歳の誕生日。サラはドラゴンを狙撃し、殺した。
半年ぶりに、一族の元に帰還したサラを迎えたのは、王の暗殺を企てた容疑だった。
異能の一族ゆえに、ライフルやミリ・メートル単位や、コンバットナイフを使えるのだー!(ばばーん!)
ヤード法は異能にないのだー!(ばばばばーん!)
次回からちゃんと恋愛します。
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