4.8
『来たれ』
サラは口早に唱えると、異能で右手にコンバットナイフを呼び出した。
毒蛇の胴体がうねる。靴の下から逃れる。サラに向かって毒蛇が飛びかかる!
レイがとっさに毒蛇の銅をつかむ。危険! そのままレイが噛まれる行動!
サラはコンバットナイフを、垂直にミミアリマムシの脳天に振り下ろした。
胴体を捕まえたままの、レイの体も下がる。
毒蛇の頭が、ナイフに床に縫い止められる。
頭を貫かれてもまだうねってのたうっている蛇から、やっとレイは手を離した。
サラはレイの両腕をつかんだ。怒鳴りつけた。
「なんて危ないことをしたんですか!」
ミミアリマムシは大陸全土に生息する魔獣だ。
通常の蛇は鼓膜を持たず、筋肉から骨に振動を伝えて音を聞くが、ミミアリマムシは筋肉と骨と同時に、外耳と鼓膜でも音が聞ける。
通常の蛇と違い、人間と同じように音が聞ける蛇の魔獣だ。
所有する毒は通常のマムシ毒と同様の症状が、通常の二十倍の速度で出る、ミミアリマムシの名の由来となっている。
つまり、噛まれれば五分以内に毒が回り、全身の細胞は正常の働きを失って代謝機能も破壊され、結論としてショック死する。
メジャーな魔獣の特徴を、レイが知らないはずがない。
サラは胸の中に煮えたぎる感情を、怒鳴り声として吐き出した。
「あなたはいつも自分の命をないがしろにする! 私の命を優先する! 弱いくせに! 弱いくせに、私を助けようとしないでください!」
レイは、怒鳴りつけられて驚いている。けれども、彼は、サラを抱きしめてきた。
強い力ではない、ただ、顔を見せないようにして、レイはやわらかくサラを抱きしめる。
体格差で、サラの頭の上にレイの顔がある。
「ごめん、サラ、無理だよ」
レイは、頭の上でささやいた。サラの顔はレイの胸に埋まっている。あばらは、もう浮いていない。質のいいシャツの下は固く、心臓の音が鳴っている。
「男が、好きな人が危ない目に遭っているのを、ぼんやり眺めてるなんて無理だ」
サラの煮えたぎっていた感情が、ぬくもりに変わった。
シャツに隠れた自分の顔が、真っ赤に染まっているのがわかる。
ほっとけないだけのはずだった。
今は、違う。
好き。
ビチビチビチィッ!
毒蛇が激しく暴れる音で、我に返る。
ミミアリマムシは生命力が強い。脳天を串刺しにしたぐらいでは、数時間は生き続ける。 レイが、はっとした様子でサラから離れた。
サラはとっさにフードをかぶり、両腕を顔の前で交差させて隠す。
「サラ?」
「今は私の様子より、ミミアリマムシを気にしてください」
早口に言うと、ふふっと小さく笑った。
そしてすぐに、真面目な口調になる。
「こいつは捕まえている私より、執拗にサラを狙っていた。蛇っていうか……、野生生物としておかしい気がする」
サラは隠していた顔を見せた。いつもの無表情に戻ったからだ。
「心当たりがあります。犯人はまだ近くにいます。が、一つ問題が」
「何?」
「言いましたよね? あなたに。私はどこにも行ったりしないと」
辺境伯が男を見せました(ヒロインに弱いくせに余計なことするなと言われました)
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