4.7
「旦那様、失敗です。怒られるヤツをやってしまったようです」
横ピースをしたまま、メイドがビジネス用厳粛フェイスに戻る。が、彼女の顔は真っ赤になって、肩が震えている。
「せ、成功だよ! 私たちはちょっと怒ってもらいたくてやったんだよ!」
レイが懸命に反論するが、メイドは恥ずかしさにプルプルしながら首を横に振る。
「恐れながら、この怒られるヤツは別方向の怒られるヤツです」
「いえ、ビックリしてるんですけどね……」
やっとサラは、二人に向かって突っ込んだ。
「旦那様、ようございました。ド叱られるのはお許しいただけるようです」
「いや、主にあなたにビックリしたんですけど。なんなんですか、ハイパー禁断タイムのお時間だーっぴとは」
「ぼ、棒読み復唱はお許し、くださ……。メイドは……メイドは階段下の妖精なので……、妖精系……アイドルのゆ……誘惑的な……」
「声プルップルですけど。まあいいです。スープが煮えたので一杯どうですか」
「もッ、申し訳ありません! 早く、早く立ち去らせてくださいませーっ!」
「え、はあ、どうぞ」
メイドが顔を覆って走り去ったのを見届け、サラは鉄兜にお玉を入れる。
「そろそろ鹿や鴨を食べても、消化できるかもしれませんねえ。見かけたら撃っておきましょう」
「なんでサラはずーっと私を無視するのーっ!?」
レイの叫びに、サラは淡々と断言した。
「嫌ですよ。聞いたら絶対めんどくさいじゃないですか」
「だって、サラはぜんぜん焼き餅焼いてくれなくて、私ばっかり空回りしてるみたいじゃないか!」
「ホラめんどくさかった。ホラ空回ってる」
「ひどいよっ! ひどいひどい、ちょっとは焼き餅焼いて怒ってくれたって! ひどいーっ」
「レイ」
サラは一言、名前を呼んで告げる。
「お仕置きって通常、お尻百叩きとかですけど。わかって言ってます?」
「……」
青い顔をして沈黙したレイに食べさせるために、スープを鍋からスープボウルによそう。
「早く座ってください」
「はい……」
神妙に隣に座り、スープボウルとスプーンを受け取ったレイは、少し、息を吐いた。
「だって、私はサラが好きなんだ」
「……お尻百叩きの話、続けますか?」
「いただきます」
サラが会話を強制的に切り上げさせると、恐れを成したレイはスプーンをスープボウルに入れた。
音を立てず、きれいにトマトスープを飲み込む。そして、ほうっと、今度は大きく息を吐いた。
もう一口、続け様にスープにスプーンを入れるレイを眺めながら、サラはぼんやり考えた。
食べ方きれいだな……。
さすがは伯爵。上級貴族か。熱いスープを音も立てず、口元も汚さず一切こぼさず、なんならボウルも汚しすぎず、スプーンですくって飲み込んでいく。
頬がまたピンク色に染まり、うっとりと顔はとろけている。
いや……この顔……。
色気がすさまじすぎんか?
本人が「うまそう」な雰囲気になっているぞ。大丈夫か。大丈夫なのか。コレ。
葛藤していると、レイがおずおずと問うてきた。
「サラ……、まだ怒ってる……?」
「え、なぜですか?」
「すごい真顔だったから……」
「……こちらの事情です。レイには関係ありません」
関係は大いにあるが、黙っておくことにした。
だが、レイもずっとサラの作ったものしか食べないことはないだろう。
いずれ、普通の人間らしく、人前で多くの人と食事をするようになる。
レイの顔をチラリと見る。うっとりと上気しとろけている。
「レイ、世の中には危ない人間もたくさんいるので、気をつけてくださいね」
「何の話?」
「……」
「なんで黙るの!? 何の話なの……。ッ!」
ふいに、レイがスープボウルを床に置いた。
「え、レイ?」
答えず、レイの足が床を蹴り、サラの背後に回り込む。
そして、背後でダン! と強く足を踏みならした。
何事かと振り向いたサラは、レイが首元を踏みつけているものに気づき、大声を上げる。「離れてレイ! ミミアリマムシです!」
レイが鎌首の寸前に踏み抑えている魔獣は、毒蛇だ。
蛇は体をくねらせてのたうっている。
すぐにでも靴の下から抜け出しそうだ。
噛まれれば死に至る!
焼き餅を焼いてほしい辺境伯と、巻き込まれて言葉責めされるメイドと、塩対応をしながら内心ムラムラしているスナイパーヒロインです。
毎日更新。お気に召したら評価をポチっとお願いします。




