4.6
ペトルシアは辺境。敵が侵略してくるなら、ペトルシアは最初の防衛線だ。統治するギルマン家は自然、武門の家となる。
ゆえに、インテリアに先祖代々の鎧などは当然ある。
「ありました」
ドラゴンが廃材に変えてしまった、先祖代々の鉄兜を見つけ、サラはガッツポーズをした。
「これで鍋ができます」
スナイパーは実利最優先である。
火鉢の中の丸木はほぼ灰と炭に変わった。火鉢の中にきれいにたまっている状態である。 中心に缶詰の底を切り抜いた、金属製の輪を置いて、その上に鉄兜を乗せるときれいに安定した鍋となる。
鍋の中でクツクツと煮えているのは、缶詰の中身のカットトマト。追加で入れた鶏ミンチと、ちぎったキャベツ、ローズマリーの香りが部屋に満ちている。味付けはカットトマトに元から入ってきた食塩のみである。
こった味付けや繊細な具など、野営には無縁。結果的に体によい食事だ。
背後の鍋が熱くなりすぎないように気をつけつつ、サラは日課であるスコープでの観測を続けていた。
レイの体調は、日に日によくなっていく。サラの調理した料理から摂取する栄養の、効果がめざましいのだ。
「後は慢性的過緊張とストレスが軽減されています。サラ嬢のおかげでしょうな」
デュマ医師の診断を思い出して、サラは充足感を持った。
今日もペトルシアの街中は平和である。初日に見た娘が、今日もクッキーをかじりながら休憩している。
「気づいていないからですか」
空中にスコープの目線を移動させれば、肉眼では見えない高さに、ドラゴンが悠々と飛んでいる。
悠々? いや、ドラゴンは悠々という表現が的確であるような、楽しそうな飛び方をしない。
人を散々虐げておきながら、常に苦しげに飛んでいるのだ。
そもそも、ドラゴンは生物として奇妙すぎる。
まず、食事も排泄もしない。山中で半年間、狙い続けた観測結果だ。
そもそも、あの巨体を維持するだけの食料が必要なら、ペトルシア全土でなんらかの生物に甚大な被害が出ているはずである。さもなくば、代謝量の計算が合わない。
排泄に関しては、単純に排泄物を発見できなかった。排泄時は生物がもっとも無防備になるのだ、スナイパーは血眼になって探す。
これではまるで、人を殺すのが楽しみで殺しているだけの生物だ。
もっとも不可思議なのは、山中で撃墜したドラゴンに、死体がなかったことである。
サラが狙撃し、ドラゴンは確かに撃墜した。
しかし、巨体は落命し地上に落下する途中で、サラサラと光の粒となって、消えてしまったのだ。
サラはスコープの先を、山中の石碑に移す。
『心悪しき者、皆竜と化せ』
やはり、どう見ても呪い。
そしてレイの言葉。
”お母さんは怒られると死んじゃうんだ”
両者を結びつけると、心悪しき人間だったレイの母親が、ドラゴンに変わったことになる。
あのドラゴンは、母親でありがら、レイがやっと食事を摂ろうとしたのを邪魔しに来た。
サラの充足感が、切り替わった。
「殺す……」
サラはスコープをドラゴンに移した。
空を飛んでいるドラゴンに、照準を合わせる。
標的までの推定距離800メートル。
一発で仕留められるかは微妙な距離だが、撃たずに済ます理由は特にない。
”お母さんは怒られると死んじゃうんだ”
こちらは殺すと決めているのだ。
セフティレバーに、サラは指をかけた瞬間。
「サラー! たいへんだよ! 私が浮気を始めたよ!」
「こーんにちはーっ、メイドっ子でーすっ。ハイパー禁断タイムのお時間だーっぴっ!」
突如扉が開き、大根演技のレイと、横ピース付名演技のメイドが乱入してきた。
サラは人生で初めて、ずっこけて狙撃を諦めた。
くつろいで物思いにふけっているところから、流れるように自然にキルスイッチが入るヒロインです。スナイパーだからね! メイドと奇行に走る辺境伯です。なんでや。
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